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【滋賀】「国友鉄砲」演武や歴史紹介 木之本で企画展始まる

ジャンル・エリア : 展示 | 歴史 | 近畿  2017年11月07日

一斉射撃を見せる国友鉄砲研究会のメンバー=長浜市木之本小で

一斉射撃を見せる国友鉄砲研究会のメンバー=長浜市木之本小で

 戦国時代から幕末まで長浜市で生産された「国友鉄砲」を紹介する企画展が同市木之本町のきのもと交遊館で始まった。初日の5日には、学芸員による講演や地元保存会による火縄銃の演武なども開催。来場者は目で、耳で、かつて一大産物だった鉄砲の歴史に触れた。

 1543年に鹿児島県の種子島に鉄砲が伝来し、その翌年には、現在の長浜市国友町に製法が伝わった。鉄砲文化を縁に、市と種子島の西之表市が友好都市となって30周年の記念に一連の事業を開いた。

 交遊館1階での企画展は、長浜城歴史博物館所蔵の国友鉄砲2丁や、パネルを並べ、国友鉄砲の歴史や特徴を紹介。賤ケ岳の戦いで、今の木之本町に豊臣秀吉が本陣を置いたことにちなみ、戦いの布陣を再現したジオラマも展示した。

 同館2階では5日、長浜城歴史博物館の学芸員、井並悦子さんが講演。国友が堺(大阪)と並ぶ一大産地となった理由は、地域を治めた浅井氏や秀吉、石田三成らが生産を奨励したためと説いた。

 江戸時代に天領となり、大坂の陣の際には大量発注で好況に沸いたが、太平の世が続くと一転、需要が落ち込んだ。鉄砲製造から彫金師や花火師に転身した職人もいた。井並さんはそうした経緯を踏まえた上で「幕末に西洋の最新銃が入ったのが駄目押しとなり、製造技術が途絶えてしまった」と述べた。

 この日、木之本小学校のグラウンドでは、住民でつくる国友鉄砲研究会の10人が射撃の演武を公開した。来場者は予想を上回るごう音に驚き、「すごい」と歓声を上げていた。

 企画展は26日までで入場無料。(問)交遊館=0749(82)6311

 (鈴木智重)

国友鉄砲研究会のメンバー(右)から、展示された鉄砲の解説を聞く来場者=長浜市木之本町のきのもと交遊館で

国友鉄砲研究会のメンバー(右)から、展示された鉄砲の解説を聞く来場者=長浜市木之本町のきのもと交遊館で

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