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【滋賀】「浅井三代の暮らし跡を初確認 長浜・小谷城跡

ジャンル・エリア : | 文化 | 歴史 | 近畿  2018年04月19日

浅井三代が暮らしたとされる御屋敷跡で見つかった石組みの溝=長浜市で

 長浜市は18日、国史跡「小谷城跡」(同市)のうち、戦国大名の浅井三代が暮らしたとされる「御屋敷跡」で、初めて遺構が見つかったと発表した。御屋敷跡の存在自体は絵図などから推定されていたものの、実際に人が暮らした痕跡は確認されていなかった。

 発掘調査で見つかったのは、生活の跡を示す石組みの溝と、敵の侵入を防ぐ土塁。

 溝は長さ2.5メートル、幅28センチ、深さ30センチで、自然石を2段に重ねて並べてある。形状などから、生活排水を流すための水路と推定できるという。

 土塁はもともと、地表にわずかな盛り上がりがあり、存在は推定されていた。今回の発掘調査で埋まっていた部分が新たに分かり、高さ2.5メートルの土塁と特定した。

御屋敷跡から出土した銅銭や皿の破片=長浜市で

 周辺からは銅銭や皿、水がめの破片など約120点が出土。16世紀後半の戦国時代の遺物とみられ、当時、人が住んでいたことを裏付けるという。

 御屋敷跡は、江戸時代後期に描かれた「小谷城跡絵図」など複数の絵図で以前から位置などが推定される一方、発掘調査は手つかずだった。市は将来の史跡公園化に向けて基礎史料を得るため、2016年7月から調査を続けている。

 市歴史遺産課主幹の牛谷好伸さんは「今回の結果は絵図を裏付ける内容。今後は、見つかった溝の用途を特定し、周辺に建築物があったことを示す礎石がないか調べる」と話す。

 21日に一般向けの現地説明会がある。参加希望者は、午前10時半に小谷城戦国歴史資料館前に集合。予約不要で無料。雨天時は、同市湖北町の雲雀山交流会館で開く。

 (問)同課=0749(65)6510

 (渡辺大地)

<小谷城> 浅井亮政(すけまさ)、久政、長政の3代が居城とした山城で、小谷山(495メートル)に築かれた。浅井三姉妹の出生地。織田信長によって1573年に落城したが、攻略に3年を要したほど堅固な城として知られる。

 城跡面積は147万平方メートル。本丸などの「城郭跡」(93万平方メートル)と家臣団屋敷などの「清水谷」(54万平方メートル)で構成される。「御屋敷跡」は清水谷のごく一部。

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