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コラム 旅×食

一位(いちい)

 日本酒と雑炊の店、「一位」。地下鉄「伏見」駅から徒歩3分、御園座の南、路地裏に入ったところにあるこの店、初めての客はたいてい迷う。以前は錦にあったのだが、一昨年秋、立ち退きにより移転。立地条件だけ見れば客が減ってもおかしくないのだが、移転後も連日満員御礼の状態が続く。私は通い始めてまだ5年だが、一度としてこの店が空いているのを見たことがない。長年に渡り客から愛され続ける人気の秘訣とは・・・

 店のオーナーは尾崎勤さん(67)。明るく人情味溢れる人柄で、客から「大将」の呼び名で慕われる。“名古屋で日本酒が一番多く揃う店”といわれ、酒好きの間では名の知れた店。店内には所狭しとセラーが置かれ、「蓬莱泉」「長珍」といった地元愛知の酒を中心に、全国の酒が並ぶ。蔵元との関係を大切にする大将。「うちにお客さんが来てくれるのは酒のおかげ。だから俺は、酒も、酒を作ってくれる蔵元も大事にする」。気さくな大将は、店のあちこちで声をかけられ、セラーから酒を選んでは客に注いで周る。

 “常連=大将のファン“という印象を持っていた私だが、「あくまで主役は酒。お客さんは酒を飲みに来るんだから、俺は聞かれたら酒を作ってくれた杜氏の気持ちを代弁する役割」とあくまで謙虚。「日本酒の魅力を多くの人に知って欲しい。この店もそのために始めたようなもんだ」と語る大将のもとには、蔵元も頻繁に訪れる。
なぜそこまで日本酒にこだわるのか?「日本酒って、他のどの酒より作るのに手間かかるんだよね。麹の発酵、繊細な温度管理、ちょっとしたことで味が変わっちゃう。杜氏の技術って、世界に誇れるくらい凄いものでしょ。なのに最近では日本酒を飲む人が減ってる。「頭痛くなるから」って理由の人もいるけど、いい酒なら頭痛くならないんだよ。ちゃんとした酒飲んで、「合わない」ってなら仕方ない。でもよく知る前に否定されちゃうのは残念だよね」と語る。酒離れの原因は客だけでなく店側にもあると言う。「ちゃんとした日本酒を置いてる店が減っちゃったから」と。今や海外でも日本酒ブームなるものが広まり、その繊細さや高い技に注目が集まり始めている。「酒=米と水、でしょ。これってまさしく日本の風土に密着したもの。こういうもの、我々日本人が大切にしないとね」という大将の言葉には、考えさせられるものがある。

 そんな大将、利き酒(テイスティング)はするが、実は意外にも酒は飲めない。「飲めないからこそ酒の味の微妙な違いに敏感でいられる」という。苦手だからこそ「飲めない人の気持ちも分かるし、そういう人がうちみたいな店でどう楽しんでもらえるかも提案できる」とも。無理なくおいしく酒や食事を楽しんで欲しい・・・そんな大将の姿勢や細やかな気配りが、自然と客に伝わるから、ここに来た客は居心地が良く、この店にまた戻ってくる。

 酒についてばかり書いてきたが、この店、料理も旨い。お世辞抜きに、何を食べても旨い。「こだわり?そんなの特に無いけど、お客さんが腹いっぱいになって、旨く酒が飲める料理を出す、それだけだよ(笑)」と大将。ここでも“酒ありき”の姿勢はぶれていない。カウンターに並んだ大皿は、“とりあえず”の一品料理。ポテトサラダ、なすの煮びたしなど馴染みの料理が盛られている。壁のボードには、“今日のオススメ”が書かれており、旬の魚や野菜を使ったメニューが並ぶ。そしてしめは、店の看板メニューでもある雑炊(全19種!)。「酒は日本のものだから当然日本の食に合う。でも飲む酒によって、料理の味がぐんと引き立ちもすればボケちゃうことも。ホント面白いよ」

 大将が長年かけて積み上げてきた蔵元や客との繋がり、そして客をもてなす温かな心が、心地よい空間を生み出し、客を惹きつけてやまない。不況下でもつよい店には、必ず理由がある。「お客様第一」、言うは易し行うは難し。「一位」のような店は、なかなか無いのが現実だ。「お客さんには最高の気分で帰ってもらいたい」、そう語る大将の言葉には、説得力がある。

DATA

一位(いちい)

住 所:  名古屋市中区栄1-11-26
電 話:  052-201-6222
営業時間:  18:00-22:30(L.O.)
定休日:  日曜・祝日
席 数:  70席(1階30席、2階40席)
客単価:  3,000円

2010年02月02日

取材担当プロフィール

(株)Office musubi 代表取締役 鈴木 裕子
食専門のマーケティング会社を運営。
すぐれた商品を作っていても、“売り方・魅せ方”が分からない生産者や食品メーカーを支援し、作り手と市場を結ぶ。
国内は名古屋と大阪を拠点に、海外はニューヨークに拠点を置き、
現地の食専門家チームとともに日本食品の販路開拓支援、流通改革を行う。
(食べることが生きがい!)
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