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奈良時代から室町、江戸まで。豊川の歴史文化遺産めぐり(愛知県豊川市)

2021年2月25日

 豊川稲荷で知られる愛知県豊川市。市内には、愛知県、特に三河地方において重要な役割を果たした歴史遺産が残されている。古くは約1300年前の奈良時代、そして室町時代、旧東海道が旅人で賑わった江戸時代まで、そんな豊川の貴重な歴史文化遺産を巡った。

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 奈良時代の天平13年(741年)に聖武天皇は全国60カ国に国分寺と国分尼寺を建立する詔を出した。8世紀後半に、三河の国に建立されたのが、ここ豊川の地であった。三河国分尼寺は、国分尼寺としては国内最大級の規模だったとも言われている。その跡地は、国の史跡として指定され「三河国分尼寺跡史跡公園」として保存されている。

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 三河国分尼寺の当時の姿を再現した中門と回廊の一部が、遺構の上に実物大で復原され、広大な遺構の姿とともに1300年前の天平浪漫に浸ることができる。

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 公園には「三河天平の里資料館」があり、遺構から出土された展示物や映像などから、三河国分尼寺や国分寺など古代三河国の歴史を知ることができる。

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 近隣には国分寺跡も国の史跡として残されており、その後建立された現在の国分寺には平安時代のものとされる銅鐘がある。

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 その国分寺の鎮守の神であったのが、八幡宮。国の重要文化財に指定されている最奥にある本殿は、室町時代に建立されたもので、室町当時の神社建築を垣間見ることができる。

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 豊川市内には、旧東海道の宿場が2つあった。東海道五十三次の江戸から数えて35番目の宿場「御油(ごゆ)宿」と36番目の宿場「赤坂宿」。その2つの宿間はわずか1.7kmと、東海道の中で最も短い距離の宿場間であった。御油宿には、「御油の松並木資料館」があり、各種資料などから往時の東海道の姿を学ぶことができる。

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 御油宿のシンボルでもある松並木は、徳川幕府の道路政策として植樹されたもので、全長約600m、約300本の松並木が今も残されている。国指定の天然記念物にもなっているその姿は、江戸時代の旅人たちの心や体の疲れを癒したことであろう。

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 松並木の入口には、かつての茶屋の役割を果たす現代の茶屋とでも言える古民家カフェ「Pino Café」。コーヒーなどの飲み物はもちろん、旧街道らしく釜飯やみたらし団子も食べられるのも魅力だ。

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 約600mの御油の松並木を過ぎるとほどなく赤坂宿に着く。

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 赤坂宿には、江戸時代から平成時代まで続いていた旅籠「大橋屋」(旧旅籠鯉屋)がある。文化6年(1809年)から平成27年(2015年)までの営業を終えるまで約200年続いたお宿が、江戸時代の旅籠の姿に再現し公開されている。

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 建物は木造2階建て、格子越しに街道を見下ろせる座敷や、建物の造りを表す梁の姿などが見られるほか、歌川広重が「東海道五十三次」で描いた灯籠とソテツの風景が再現されるなど、往時の赤坂宿の姿を思い浮かべることができる。

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 このエリアは、三河国分尼寺から赤坂宿までは約5km程度。ちょっとしたウォーキングとしても最適だし、三河国分尼寺跡史跡公園の三河天平の里資料館にはレンタサイクルもあるため、公園に車を停めて、サイクリングで巡るのもお勧めだ。

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取材担当プロフィール

田中 三文 (たなか みつふみ)

愛知県豊橋市生まれ。
出版社勤務を経て、現在は三菱UFJリサーチ&コンサルティング 政策研究事業本部 上席主任研究員。
愛知大学地域政策学部非常勤講師(観光まちづくり論)
地域を盛り上げる観光事業や集客計画など、手がけてきたプロジェクトは数知れず。
2012年より2014年まで昇龍道プロジェクト推進協議会・台湾香港部会長を務め、
同エリアのインバウンド促進計画や外国人受入環境整備などにも力を注いでいる。
旅と写真とロックを愛する仕事人で、公私ともに、さすらいの旅人として各地を巡っている。

「昇龍道(しょうりゅうどう)」とは?

日本の真ん中に位置する中部北陸地域の形は、能登半島が龍の頭の形に、三重県が龍の尾に似ており、龍の体が隈無く中部北陸9県を昇っていく様子を思い起こされることから同地域の観光エリアを「昇龍道」と呼んでいます。
この地域には日本の魅力が凝縮されており、中部北陸9県が官民一体となって海外からの観光客誘致を促進する「昇龍道プロジェクト」も好調です。このブログでは、「昇龍道」の四季折々の姿を写真と文章で紹介していきます。

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