先日、中京ブリヂストンレディースオープンで、吉田弓美子が接戦を制し2年ぶりの優勝、通算5勝目をあげた。最終日単独トップでスタートした吉田、4番、5番とバーディーを重ねるも10番で痛恨のボギー、ジョンジェウンに追いつかれてしまうも14番バーディー。再び15番で追いつかれるが、16番で取り返しそのまま1打差で18番へ。18番長いパットを残したジョンジェウンはパーで終わる。「手が痺れた」という50センチのウイニングパットを沈めた瞬間、両手で顔を覆い泣き崩れた。
昨年は勝つことが出来なかった。「もう勝てないんじゃないか」と思った。
愛想も良く表情豊か、ギャラリーにも人気者の吉田弓美子だが、本音は「笑顔でいるとギャラリーが喜んでくれる、調子の悪いときも笑顔でいなければと思ってやっていた。それがかえってプレッシャーになり上手くいかなかった」。
勝負は14番から?「14番からテレビ中継も入るし、カップも面白い所に切ってある」。
「オフに多くの試合の録画を見ました。海外の試合でも優勝争いをする多くの選手が14番から闘志が剥き出しになってくることに気付いた」。実際相性の良いはずの14番では、2打目がグリーン奥のカラーまで行ってしまい8mのパットを残したが、気合でねじ込みバーディー、ガッツポーズ。気持ちが入ってきたのが伝わってきたほどだった。
涙涙のドラマ仕立ての様な優勝シーン…実は吉田弓美子にとってこの優勝には特別な意味があった。吉田弓美子といえば“長尺パター”のイメージがあるが、昨年末から長尺パターを封印して苦手?な短尺(普通サイズ)パターに持ち替えていたのだ。その理由は2016年のゴルフ規則の改正によりこの長尺パターの“使用方法”が改正されることになっているからだ。
吉田は2010年から長尺パターを愛用。また長尺パターを使用することによりパッティングが安定し、12年に初優勝、13年は3勝という活躍につながった、吉田曰く「私のゴルフ人生を支えてくれた」長尺パターが事実上使えなくなるということは彼女にとって死活問題だったのだ。
そもそも事の始まりは2012年末、R&A(全英ゴルフ協会)とUSGA(全米ゴルフ協会)が長尺、中尺パターの新たな規制の提案を行ったことだ。
この問題、初めは長尺パター自体が規制されると誤解されていたようだが、その実は長尺パターのストローク方法についての規制。
近年、長尺パターが流行、2013年にはアダム・スコットが長尺パターでマスターズを制し。その後も長尺パターでメジャーを制する選手が続出。そのため長尺パターのアンカーリングとスコアの関係が議論されることになったわけだ。
USGAの言い分によると、「ゴルフプレーの本質はクラブを両手で持って、ボールに向けてスイングするものである」と言うことだが、なるほど長尺パターのスイングは片方のグリップした手を体の一部(胸)に固定し、支点を利用してスイングしている。この支点(アンカーポイント)を利用することがゴルフプレーの本質に反するということなのだ。この“アンカーリング”さえしなければ長尺パターも使用可能なのだが、そもそも長尺パターはアンカーリングが基本?なので、長尺の持ち味が無くなってしまうのだ。道具は使えるが本来の使い方は不可。事実上“使用禁止”の烙印を押されたようなものだ。
結局議論の結果、明確な因果関係は見つからなかったようだが、その結論を加速させたのがタイガー・ウッズのダメ押しの一言「アンカーリングは芸術的じゃない」。では何が芸術的か?よく分からないが、とにかく「タイガーがダメと言ったからダメ」みたいなことになっているらしい、流石にタイガーは偉大だ。
確かにアンカーリングはストロークが安定するが、それ以外の理由で長尺パターを使っている選手もいる。シニアでは前屈みにならないため“腰痛に良い”と長尺パターを使う選手は多い。
この問題に早くから対応、研究を重ねたのが片山晋呉だ。「いずれ問題になると思っていた」というように、彼は今現在中尺パターを使用するが、アンカーリング無しのストロークを編み出し対応しているようだ。
この規則は2016年1月のルール改正に盛り込まれる予定なので、長尺パターの使用選手はその期日までに対応しなければならない。もちろん一般のゴルファーのプライベートなラウンドでも適用される。
ところで吉田弓美子が長尺パターを愛用したそのきっかけは研修生時代に患った“ぎっくり腰”だった、「プロになってみんなパターが上手、練習するにも短尺だと腰に負担がかかるのでどうしょうと思っていたときに長尺に出会いました」。
本人曰く2年前の告知の時には「へぇ、そうなんだ…とあっけらかんとしていて、あまり気にも留めてない感じでした」というが、よくよく考えてみると「大変なことになった。果たして自分はプロゴルファーとしてやっていけるのか?何とかしなければ」という気持ちが芽生え昨年終盤から短尺に対応するようになる。「短尺パターで上手くいかなければ次の人生を考えなければ、と思うくらい自分を追い込んでオフを過ごしました」。
そして今回の優勝で見事に短尺パターを自分のモノにした。優勝インタビューでは「短尺でも優勝できました。一生愛します(短尺パターを)」とコメント。先日言っていた「長尺を使っている他の皆さんにもチャンスがあることを示せた」に違いない。そして吉田弓美子の「第2のゴルフ人生」が始まった。
2015年06月12日