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コラム 熱湯コラム「いで湯のあしあと」

新穂高の名湯と異次元ワールド 中尾高原ホテル

新穂高の名湯と異次元ワールド 中尾高原ホテル

 時代の流れだろうか、インバウンドバブルがはじけた後のダイバーシティとでもいうのだろうか。山々の木々が深緑に染まるころ、行き慣れた大好きな温泉地のひとつ、奥飛騨は新穂高温泉の入り口にある中尾高原で泊まった宿がとてもユニークだった。

 宿泊したのは、中尾高原ホテル風車。実はここ、10年ほど前に新設オープンした際に宿泊したことがある。今はオーナーが変わったようで、ハードは当時のままなれど、ソフトは全く違うホテルに変わっていた。

 すっかり日が暮れてからホテルに到着し、人気のない広々したロビーに入ると外国人の男性が一人出てきた。こんな山奥に外国人?ちょっとした違和感を感じたが、インド人風のその男性は、チェックインの手続きをしながら流暢な日本語で、館内のルール、夕食の時間、明日の朝食の時間などの説明をとても丁寧にしてくれた。

 広々とした部屋に通されると、10年前に宿泊した記憶がよみがえる。あれから10年経っているので、若干の経年劣化は否めないが、以前宿泊した際と変わらず、部屋内の家具はすべて飛騨家具というこだわりである。そして、すべての部屋に半露天風呂がついており、源泉かけ流し、贅沢にもそれが四六時中湯船に注がれっぱなしである。

 夕食まで30分ほどあったので、早速お風呂につかることにした。深い湯船にあふれんばかりに注がれ続ける源泉は、めちゃくちゃ熱い。84度の高温泉の源泉を50度台まで下げているらしいが、それでも熱いので水増ししながらゆっくりつかると、ほぉ~・・・っと深いふかいため息がこぼれた。熱さもほどよく感じられるくらいつかっていると、お湯の柔らかさを改めて体感する。ほのかに匂う硫黄臭が鼻をつき、全身をしっとりとしたお湯が包み込む。

 さて、そのあとはお楽しみの夕飯である。予約時に、宿泊費に別途夕食代3500円を追加して、飛騨牛コースを頼んである。どうやら、2000円から夕食の選択肢があるようで、他にもチキン、魚などもあるらしい。奥飛騨きたら当然飛騨牛でしょ、と一番高いやつを頼んだが、とはいえ3500円って大丈夫だろうか・・・。若干心配しながら、2階のレストランへいくと、広々としたテーブルに通された。

 テーブルを案内してくれたスタッフも、料理を運んでくるスタッフも、すべて日本語の流暢な外国人である。日本人スタッフは一人もいない。一瞬、ここはネパールの山奥か?と錯覚してしまう。しかしサーブされる夕食は和会席で、先付、天ぷら、鍋物など、一般的に旅館に出てくるメニューと同じで、しかも普通に美味しい。中に日本人のコックがいるのだろうか・・・。

 すると、先ほどチェックインを対応してくれた彼がでてきた。「このお料理、誰が作ってるの?」と聞くと、「私です。」たしかに、天ぷらはフリッター風、鳥だしの鍋にはクミンの風味がしてちょっとだけエキゾチックな香りもするが、そのクオリティは全く問題ない。

 話を聞くと、5年前からここのホテルのコック兼支配人をやっているらしい。その前は、なんと尾張旭市の工場で働いていたという。ここで日本のおもてなしを勉強して、ネパールに帰国したら、日本のサービスを提供するホテルで働くのだと、嬉しそうに語った。

 メインの飛騨牛ステーキは、期待を裏切らないA5クオリティ。塩とわさび醤油で食べると、舌の上で柔らかく脂がとろける。ネパール人コックさんが語る夢を聞きながら、フリーフローの白ワインと極上飛騨牛で極上の幸せであっという間にほろ酔いになった。

 翌朝、部屋に差し込む強い日差しに目が覚めた。寝覚めに、流されっぱなしの熱い源泉に身を沈めた。深緑の間から差し込む木漏れ日の中で、森林浴をしながらの贅沢な朝風呂だ。小鳥のさえずりと源泉の流れ出る音だけが聞こえ、お湯につかったまましばし瞑想状態に陥る。

 朝食はまた、あのネパール人コックさんの作った完全なる和朝食。炊き立ての白飯と、だし巻き卵が最高だった。ネパールのホテルでもきっと日本人の常連客がつくに違いない。

 旅館やホテルのおもてなしも、少しずつ時代とともに形を変えていく。宿のおもてなしは日本の伝統文化、だからといって古いままのスタイルに固執するのではなく、時代の流れとともに柔軟に多様性を受け入れていけば、素晴らしい伝統もその形を残したまま継承されていくのではないかと感じた。

【中尾高原ホテル風車】
住所: 高山市奥飛騨温泉郷中尾37
電話: 0578-89-3201
アクセス: 大阪・京都方面から東海北陸道 飛騨清見インター経由、中央縦貫道 高山インターより約70分
源泉名: 中尾温泉1,3,4,5,6号の混合泉
泉質: 単純温泉(低張性-中性-高温泉)
温度: 84.5℃
色・味・匂い: 無色透明、微硫黄臭
効能: 筋肉や関節の慢性的な痛みやこわばりの緩和、冷え性・胃腸機能低下の改善、ストレス緩和、自律神経不安定症・不眠症・うつ状態の改善、など

2021年09月26日

コラムフォト

取材担当プロフィール

みなもといずみ
近場から遠出まで、行く先々に温泉マークを見つければすぐに飛び込んでしまうほどの温泉女。出張先ですら、温泉があればタオルとパンツを持ってでかけます。女である以上、温泉に癒される人生は永遠です。行き当たりばったりの旅が大好きな私のあこがれは、スナフキン。点々と旅を続けながらいで湯を求め、足あとを残していきたい!