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浦項 墓標はないけれど…

2011年05月05日

 韓国の田舎に出て墓を見るとほっとする。土葬の慣習が残り、山の中腹に円形の土饅頭(どまんじゅう)が連なる。草が生えて山の緑となじみ、見ていると心が丸くなり安らぐ。死んだらこんな墓の下で土になりたいとさえ思う。

 ソウルに赴任して数日目。南東部の港町、浦項(ポハン)を訪ねた。途上、この風景を眺め、赴任前後の気ぜわしさから解放された。

 一方で、浦項に向かう目的は、朝鮮戦争時にあった学徒兵と北朝鮮軍の戦闘の秘史を取材するためだった。

 学徒兵71人が取り残され、奇襲で落命する。そんな翌日の運命を前に、16歳の1人は日誌に書き残していた。「蝶(ちょう)が踊っている。ぱっと咲いたサルスベリがまぶしい。花を見ていれば心は平和だ」「国民学校の校舎よりやはり(拠点とする)女子中の校舎がいい。白くてかわいい顔の女学生たちが笑い、騒ぎ、歌う声が聞こえてくるようだ」。涙と笑いを誘われた。

 遺体は真夏の炎天下で10日も野ざらしになった後、墓標もなく埋められたという。戦闘の記録や評価が不十分とも聞いた。跡地の校庭付近に墓はない。山の墓で眠る人たちとの差を感じた。ただ近くには葉が茂ったイブキの中、木が並んで育っていた。あたりは春の午後の日差しのもと穏やかで、救われた気持ちになった。 (辻渕智之)