2011年07月29日
パリの地下鉄に乗ったら、むき出しの彫刻刀を握り締めた年配の男性が目の前に座っていた。弁当箱大の木片をひざの上に抱え、一心不乱にかりかりと何やら彫っている。
車内は混み合っていたし、急ブレーキがかかることも多い。危ないではないか。非難の意も込めて「なぜこんな所で彫刻を?」と尋ねたら、男性はひょうひょうと答えた。
「私はいつでもどこででも彫るんだ。乗り物の中だって歩いている時だってね。移動しながら彫刻をすると、あたる光の具合が次々と変わるから面白い作品ができるんだ」
元大学教授のベルナール・フートゥリエさん(68)。専門の心理学の傍ら、30年ほど前から彫刻にも励んでいるという。
素材は、白ワインで有名な仏中部シャブリのブドウ畑で拾った枯れ木。「何の彫刻かって? それは私にも分からない」。後日、メールで写真を拝見したら、2本の曲線が絡み合う抽象的な形状の作品だった。
場所を選ばない制作スタイルで他人を傷つけたことはないけれど、自分の指やひざを彫刻刀でつついてしまうことは珍しくない。
作品価格は「3000~1万ユーロ(約34万~115万円)」。今まで一つも売れたことはないが、誰かに認められて作品が後世に残るのを夢見ている。 (清水俊郎)