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アテネ いにしえの都も侵す

2011年11月14日

 年齢は20代だろうか。道の中央にしゃがみ込んだその女性は、自分の太ももに注射器を刺していた。隠すそぶりが全くなかったから、一瞬、麻薬中毒者であることに気が付かなかった。

 買い物客でにぎわうアテネの下町。表通りから、何度か角を曲がったところにその女性はいた。おそらく何十回、何百回と針を刺したのだろう。太ももの広い範囲で血がにじんでいる。何よりそんな光景が、真っ昼間の路上で見られることが衝撃的だった。

 少し離れた薄暗い場所に、同じような姿勢の若者のグループも見えた。「長年アテネに住んでいますが、こんな光景を見たのは初めて」と日本人通訳の女性はおびえた声だ。

 財政危機とはいえ、観光地としてのアテネは健在だ。デモやストを避けながら楽しそうに旅する外国人は多いし、地元の人でにぎわうカフェもある。

 ただ、市の中心部から離れると状況は変わる。商店街がシャッターだらけになっていたり、廃虚のようになったかつての名門ホテルがあったり。注射の女性を見たのも、かつての繁華街だった。

 危機はギリシャ経済や家計を直撃している。同時に社会の荒廃が満ち潮のようにゆっくりと、市民生活の足元に迫ってきている。国力が衰えるということの本当の怖さを感じた。(野村悦芳)