2012年04月05日
「私のカバンよ!」
悲鳴のような声が背後から聞こえた瞬間、すぐ横を若い男が駆け抜けた。
出張先の米南部フロリダ州のマイアミで、ホテルの前にある交差点で信号が変わるのを待っていた時のことだ。
逃げていく男の肩には女性用のカバン。ひったくり犯のようだ。
私から男までの距離は約5メートル。ボーッと見ていたら、後方からカップルが走ってきて、カバンを取り返そうとした。
振り切る男。その横に急ブレーキで車が止まると男は窓から車内に飛び込み、車は急加速し夜の街に消えていった。
わずか30秒ほどの出来事だった。
その後、後を追って駆けてきた被害者の女性は「油断してたわ。ニューヨークでもこんな目に遭ったことないのに…」とうなだれた。マイアミに観光に来ていたらしい。
そんな彼女に、先ほどのカップルや近くにいた通行人らは、容疑者の逃走車両の車種やナンバーなど、手掛かりとなる有力情報を次々と伝え始めた。
はっとして、記憶の糸を手繰ると、私が思い出すのは車の色が赤で、犯人が黒人男性ということぐらい。
日ごろ、人を観察することを仕事としているくせに、何一つ役に立つ情報を思い出せなかった。まだまだ修業が足りないと反省している。 (長田弘己)