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ニューヨーク 痛みゆえ「容疑者A」

2012年09月19日

 「私はこれから彼の名前を一切、口にしない。容疑者Aと呼ぶ」

 米西部コロラド州の映画館で12人が死亡、58人が負傷した銃乱射事件。地元で行われた追悼集会で、州知事がこう宣言すると、参列者も歓声を上げて賛同した。

 この日、被害者と面会するために現地入りしたオバマ大統領も、遺族の1人にこう約束していた。「私もホワイトハウスも、容疑者の名前を言わない」

 その後の記者会見で、オバマ大統領は「犠牲になった人々こそが、私たちが語り継いでいく人たちだ」と述べ、容疑者の話はしなかった。

 「名前を言わない」という提案は、消防士ジョーダン・ガーウィさん(26)が、テレビに出演して訴えたのが発端だった。妹のスポーツキャスター、ジェシカさん(24)は犠牲者の1人。事件直後、ジョーダンさんはインターネット上で、妹の写真を公開し、思い出話を伝えた。

 「被害者の話が報道されれば、その分、容疑者の話は少なくなると思い、妹のことを話し始めた。容疑者の名前は聞きたくない」

 悲劇の中、淡々と主張し気丈に振る舞う姿が、かえって痛々しく見え、人々の心を動かした。

 米CNNテレビのキャスターも「容疑者の名前を最小限にしか使わない」と涙目だった。 (長田弘己)