2012年10月18日
8月6日、サンフランシスコ湾岸の大手製油所で火災が発生した。高さ数10メートルの火柱数本が対岸からも見える大きな事故だった。黒煙が空高く舞い上がり、上空で風下に水平に流れた。
近隣は住宅、商業地区。煙が地表をはうことはなかったにもかかわらず、千数百人が呼吸障害などを訴えて病院に駆け込んだ。ただし、入院した者は1人もいない。
翌日からのニュースでは、事故の後処理の話より弁護士事務所に長蛇の列ができていることが連日大きく扱われた。地元で事故の賠償を専門とする某事務所には、営業時間前から数10人が列をつくり、それが数100人へと伸びていった。その人たちにちらしを配り、呼び込みをする別の弁護士事務所もあった。
並んでいる人はテレビ局のインタビューに答えて「石油会社はいくらかでも払え」。サンフランシスコの地元紙の一面見出しは「復旧に数カ月、人々は金を要求」だった。
訴訟社会といわれるお国柄。どこかに落ち度があれば突いて出るのは当たり前。しかも「ディープポケット」といわれる大会社のような相手が狙い目。
事故のあと数日で、約2000人が弁護士事務所や石油会社に接触を図った。火災は4時間半で収まったが、人々の要求の声はしばらく収まりそうにない。(岡田幹夫)