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ワシントン 帰らぬ人返らぬ手帳

2012年12月11日

 米国人の友がいた。同じ新聞記者で、年齢も同じ。なぜか気が合った。週末になると自宅に訪ねてきてビデオで映画を見たり、食事をしたり。まだ見ていない映画なのに、せりふを先に言うのには閉口したものだ。

 1990年代のはじめごろ、デトロイトの新聞社から名古屋に派遣されてきた。腕利きの記者で、帰国してからニューヨーク・タイムズなど一流紙の記者を務めた後、ネット雑誌の名編集長として活躍していた。

 中枢同時テロが起きた時には東京からニューヨークに電話した。「現場すぐ近くで、頭から粉じんを浴びた」と話していた。「とにかく無事でよかった」としばらく話をした。

 ワシントンで勤務になった2005年、彼に連絡をとろうとしたが、携帯番号を書き留めた手帳が見当たらない。

 「そのうち、会えるさ」。そう思っているうちに3年の任期が過ぎ、再会を果たせないまま帰国することになった。

 それから2年。米国から連絡が届いた。がんのため、突然世を去ったという。最後の1カ月は故郷のサウスカロライナに戻り、母親と過ごしたと聞いた。

 再び米国で勤務することになった今、時々彼に聞いてみたい質問が頭に浮かぶ。その度に「あの手帳があったら」と、強く思う。 (久留信一)