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仁川 口福の不明を恥じる

2012年12月19日

 「チョンオを焼く匂いで逃げた嫁が戻ってきた」とは、韓国のことわざ。コノシロの中ぐらいの魚、コハダを指す。それほどうまいのか。シーズンだと聞き、ソウル近郊の港町・仁川の魚市場に向かった。

 入り江に面した市場では、チョンオを店頭で焼いていた。午前中というのに店の前で新聞紙を敷き、チョンオで一杯やるグループがひしめいていた。

 「新聞紙席」が満員だったので、テーブル席で、手のひらほどの焼きチャンオを丸かじり。やや苦くかりかりした頭部分の食感に、ほろほろしながらも適度に脂っ気がある魚肉の味が追いかけてきた。「お嫁さんが戻る」のも、もっともだ。

 旬のワタリガニも蒸してもらった。脚の付け根をかみながら吸い出すカニ肉の甘いこと。ねっとりしたミソの舌触り、卵のほくほく感に目尻が下がる。

 ワタリガニは、黄海の軍事境界線にあたる北方限界線(NLL)近くが好漁場だ。春と秋の漁期には、北朝鮮漁船がNLLを越えて、南北間の緊張の種になっている。

 同行した脱北者の知人によると、北朝鮮はワタリガニをすぐに中国に輸出し、それが韓国に入るという。北朝鮮では庶民の食卓にはワタリガニは上らないと回想する知人を前に無邪気に「うまい」を連発していた自分を恥じた。 (篠ケ瀬祐司)