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ワディハリード 先見えぬ内戦と生活

2013年03月03日

 初老の女性が近づいてきて、すがるように言った。「国境の向こうに、まだ家族が残っている。手助けしてもらえないでしょうか」。取材に同行した支援団体の若者が「この人は活動家じゃなく日本の記者だよ」と伝えると落胆して去った。

 レバノン北部の国境地帯ワディハリード。内戦中の隣国シリアから脱出した難民が厳冬下、食うや食わずの暮らしを送っていた。「中東のパリ」と呼ばれる、きらびやかな首都ベイルートから車で数時間。曲がりくねった山道を進むと、途中から一面の雪景色に変わった。日中も空気が刺すように冷たい。

 学校施設で寒さをしのぐ農業男性(27)は3カ月前、シリアの村から政権側の民兵に見つからないよう畑の中をはい、越境した。オリーブ、小麦、トマトなどの作物を育てる家族7人の平穏な生活は内戦で一変。自分以外は政権に逮捕されるなどし、生きているのかも分からない。

 建設作業員(28)の一家は、自力で建てたテント小屋に住んでいた。ガランとした冷たく惨めな室内に、妻と4人の幼い子。地元住民らが、自分たちも貧しいのに食べ物を分けてくれる。「政権が私の人生を壊したんだ」

 内戦の行方は、全く見えない。母国を追われ、国際社会からも見捨てられたような人たちに、掛ける言葉がなかった。(今村実)