2013年03月21日
旧ユーゴスラビアのコソボ北部に位置するミトロビツァ。1990年代末のコソボ紛争で陰惨な殺し合いを繰り広げたアルバニア人とセルビア人が1本の川を隔てて暮らす。紛争後も両者の衝突は度重なり、川に架かる橋は今も土砂で封鎖してある。
土くれの脇を抜け、徒歩で北岸のセルビア側へ。街角にはセルビア国旗が垂れ、商店の看板はセルビア語。喫茶店に入ると、中年の男性客が絡み付くように見つめてきた。「アルバニア側から来たから警戒されている」。案内してくれたコソボ・フィルハーモニー交響楽団指揮者の柳沢寿男さん(41)がささやく。街に漂う空気が正直怖い。
ここでは勘定もセルビアのディナール。コソボで流通するユーロしかない私に代わり、柳沢さんが手持ちのディナールで支払い「セルビアの身内」をささやかにアピール。小1時間の探索を終え、アルバニア側に戻った時には心底ほっとした。
だが待てよ。日本人の私が、なぜセルビア人を恐れるのか。
「それは、やっぱり一緒に暮らす民族の影響を受けてしまう」と、旧ユーゴでの暮らしが長い柳沢さんは言う。コソボのアルバニア人社会で数日過ごしただけで、いつの間にか私は彼らの感情に同調していた・・・。民族対立の深みを垣間見た気がする。 (宮本隆彦)