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茂朱 ホタルに光人には歌

2013年07月02日

 午後9時すぎ。山道を進むと、夜空より濃い闇で光が瞬いていた。周りの親子連れらは歓声を上げるが、すぐに沈黙が訪れる。黄緑色の弱い光は頼りなげで、みなが目を凝らして息をのむからだ。

 ホタルを村おこしに活用している韓国中部・茂朱(ムジュ)郡を訪ねた。山中では右手の森から浮かんだ光が頭上を漂い、左手の森へと渡っていった。捕まえる子もいて、手のひらで動く感触に「くすぐったい」と首をすくめていた。

 ホタル祭りを開催中の村に戻ると、騒々しい屋外カラオケ大会があちこちで始まっていた。静かな感動の余韻は薄れ、近くの宿に入った。11時を過ぎても歌声はやまず、たまらず外に出た。

 舞台では、女装したおじさんが歌い踊り、ふくよかな中年女性が新体操風の振り付けで笑いを誘う。隣の屋台にはホタルの幼虫のエサでもあるカワニナの貝汁があった。その小さい巻き貝を舌の上で吸いながら、舞台を見た。観客も飛び入りで次々と歌い、拍手し、体を揺らしている。

 ホタル祭りにカラオケの喧噪(けんそう)はミスマッチだ、と初めは興ざめした。けれど、めいめいに楽しむ姿を見るうち、こう思えてきた。ホタルには光がある、人間には歌がある-。

 熱唱は午前0時半まで続いた。ホタルも同じぐらいの時刻まで光ると聞いた。 (辻渕智之)