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臨津江 トンボに宿る無念さ

2013年11月21日

 「飛びゆく鳥よ 自由の使者よ」と歌うイムジン河は漢字で臨津江(イムジンガン)と書く。鉄条網と川面が隔てる対岸は北朝鮮。旧盆の日、ほとりに立つ「望拝壇」を訪れた。南北分断で生き別れ、今は亡き親や先祖の墓参に行けない人の列が途絶えなかった。

 足の悪い94歳の男性が肩を息子に支えられ、よろよろと祭壇に向かった。参拝後、精根尽きた感じで椅子に座ると、閉じた目から涙が流れた。白髪も減った頭を息子がやさしくなでた。最後の参拝を予感させ、歳月の残酷さを思った。

 別の高齢男性は「北の兄弟といつか会える日が来る。その希望だけで生き永らえている」と静かに語った。

 先日会ったソウル在住の女性(63)は真ちゅう工場を経営していた父が朝鮮戦争中、北朝鮮に拉致された。女性の母(91)は戦後、同じ場所に小さなビルを建てた。夫が戻った時、「あなたの土地を守り通しました」と言うために土地を手放さなかったのだという。

 高齢化した7万人余が北朝鮮の家族との再会を待つ。9月に100人弱が対面を果たすはずだった。しかし北朝鮮が一方的に延期し、彼らの思いを翻弄(ほんろう)した。臨津江の望拝壇には季節がら、鳥ではなくトンボがたくさん舞っていた。離散家族の無念さや死者の魂が宙にとどまっているかのようだった。 (辻渕智之)