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マニラ 故郷へ 恩返しの旅路

2015年02月12日

 「あの時、バットで店のガラスをたたき割って物を奪ってしまった。そんな男がどの面下げて街に戻れると思うかい?」。一昨年秋の台風30号で3000人以上の死者を出したフィリピン・タクロバン市出身の男性(30)とマニラで会った。故郷に戻らない理由を、こう語った。

 台風は自宅の1階を残して全て吹き飛ばした。水、電気、食料がない。遺体が至る所に転がる中、腹をすかせた友人がバットを手に商店街へ向かう。「我慢できない」。友人の後を追い、雑貨屋のドアの前でバットを思い切り、振り上げた-。淡々とした告白に、極限状態の怖さを感じた。

 職場も流され、家族でマニラへ。マニラで大繁盛しているコールセンターに職を得た。

 半年前、故郷の地を踏んだが、すぐ戻った。あの時の後悔、先に立たず。「胸を張って戻りたい」。事業を興して成功させ、故郷に恩返しするまで戻らないと言う。

 しかし、壊された店主の心の傷は癒えていないかもしれない。「店に謝るのが先だろ」と言いかけたが、彼の真剣な言葉に、思わず言葉をのみ込んでしまった。 (伊東誠)