2015年05月27日
商船会社に勤めていた私の祖父は1950年代の後半、妻子とドイツ北部の港町ハンブルクで暮らした。先日、彼らの住んだ家を見ようと、ハンブルクを訪れた。市役所に照会して入手した住民票のコピーに記された住所は、中心部から車で20分ほどの並木通り沿い。5階建てアパートが当時のままの姿で残っていた。
木製ドアのガラス越しに玄関ホールをのぞき込んでいると、住民の男性が出てきた。私の説明に「それはすごいね」と喜んでくれたが「今の住民は子育て世代ばかりで昔を知る人はいないなあ」とも。ホールに入れてもらい、木製の階段をきしませて最上階まで行き来した。半世紀余り前に、私が知らない40代の祖父がここを歩いたのかと思うと不思議な気分だった。
今でこそ近所にSushi(すし)店の看板もあるが、ナチス・ドイツの敗戦から十数年の旧西ドイツで、彼らはどんな暮らしをしていたのだろうか。私も同じ駐在員だが、時代が違いすぎて想像するのは難しい。祖父母は数年前に相次いで他界し、もう話を聞くことはできない。かすかな悔恨を胸にアパートを後にした。 (宮本隆彦)