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ロンドン たかが傘だったから

2015年10月14日

 「これはあなたの傘じゃないですか」。先日、ロンドンの自宅近くの飲食店を訪れると、突然、店員に言われ、黒い折り畳み傘を手渡された。何のことかと頭を巡らせ、そう言えば…と思い出した。

 その1週間前、悪天候の日に同じ店を訪れた時のこと。傘を中に持ち込もうとしたところ、店員から止められ、入り口付近に置いてくれと求められた。

 床がぬれるからという理由は分からないでもないが、入り口に放置された傘は、どう見ても「さあ持ち帰ってください」という風情である。

 案の定、帰るときには傘はなくなっていた。「あなたの言う通りにしたのに、どうして」。傘がないことについて店員に問うてみた。たかが傘だが、少し納得できなかったのである。

 1週間後、何と傘は戻っていた。誤って持ち去った人が自分のものではないと気が付き、店に返しに来たのだという。

 置引や盗難が絶えず、取られたものが返ってこないのは、この国でも常識である。「こんな正直な人がいるのか」。なぜか心が温まった。たかが傘で。いや、たかが傘だったからに違いない。 (岩佐和也)