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ニューヨーク 名残惜しいバス車内

2019年08月06日

 食べきってしまうのが惜しいほどおいしいものはたまにあるが、降りるのが惜しくなる路線バスは初めてだった。

 朝の通勤。ニューヨーク・マンハッタンを縦断するバスに乗ると、金曜日のせいか、車内も道もいつになく混んでいた。なかなか前に進まない。周囲のあちこちから警笛が響く中、スピーカーから聞こえた男性運転手の言葉に耳を疑った。「こんな道、誰も走りたくないよ」。堪忍袋の緒が切れたか。そう思って身構えたが、どうやら違う。

 「まだ時間がかかりそうだ。誰か誕生日の人はいる?」。デボラという女性が名乗り出ると、運転手はおなじみの歌を口ずさみだした。♪ハッピー・バースデー・トゥー・ユー…。少しずつ乗客が合唱に加わり、手拍子も大きくなる。歌い終わり、あらためてお祝いの言葉を贈った運転手は「ところでデボラ、何歳になるの?」と悪乗り気味。車内はさらに盛り上がった。

 バスは相変わらず渋滞につかまったまま、やがて本紙支局前の停留所に止まった。後の車内の展開が気になり、後ろ髪を引かれる思いでバスを降りた。渋滞にもかかわらず、あっという間の道中だった。 (赤川肇)