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独ポツダム 原爆の惨禍伝える石

2020年10月11日

 第二次世界大戦の戦後処理について話し合われた1945年のポツダム会談。会場となったベルリン近郊のツェツィーリエンホーフ宮殿から車で10分ほどの場所に米国、英国、ソ連の代表団の宿舎があった。

 その一角にある邸宅で米大統領トルーマンは、日本への原爆投下を承認したとされる。現存する邸宅自体に、それを示すものはないが、邸宅前は「ヒロシマ・ナガサキ広場」と名付けられ、記念碑がある。

 「原爆の破壊力は、数十万人の人々を死に追いやり、計り知れない苦しみをもたらした。核兵器のない世界を願って」。記念碑には日独英3カ国語で、こう刻まれ、広島と長崎で被爆した石が埋め込まれている。

 10年ほど前、ベルリン工科大教授だった故外林秀人さんらの尽力で設置された。外林さんは16歳の時、広島で被爆した。科学者でもあった外林さんには、とりわけ強い思いがあったのだろうと想像する。

 訪れた日、邸宅から見える湖では、親子連れがのんびりとカヌーをこいでいた。原爆投下から今年で75年。被爆した石は、その惨禍を静かに伝え続けている。

 (近藤晶)