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チュニジア・シディブジド あなたの影響は今も

2021年01月28日

 風の音以外、何も聞こえなかった。草原に無造作に並ぶ白い墓石の一つが、「彼」の眠る場所。生活苦からチュニジア政府に向けて抗議の焼身自殺を図り、中東を揺るがした民主化運動「アラブの春」のきっかけをつくった野菜売りムハンマド・ブアジジさん=享年(26)=の墓だ。

 運動は2010年12月、チュニジア中部シディブジドから始まる。彼が自殺を図ると、直後に街中で反政府デモが発生。長期政権の退陣を求める「革命」へ姿を変え、エジプトやリビア、シリアにも波及した。

 彼の足跡をたどると、浮かんできたのは「普通」の貧しい青年の姿だ。朝は家の前で商品の野菜に水をかけ、荷車を押して一通り売り歩くと、中心部の時計台の下で一休み。日暮れには家へと帰る。そんな青年が命で示した抗議に、人々は共感し、怒りを爆発させたのだろう。

 彼の墓石には器が埋め込まれ、たまった雨水を鳥が飲んでいた。「死後も何かのために」との風習という。独裁政権が倒れた各国は今も民主化の途上にある。「あなたの影響は続いているよ」。彼は現状をどう見るのか。日が傾きかけた空が、やけに青かった。 (蜘手美鶴)