2021年08月27日
ロシアのウラル山脈の東にアスベスト市がある。その名の通り、アスベスト(石綿)の鉱石の産出量で世界最大の街だ。
採石場は深さ300メートルのすり鉢状になっていて、底で動き回る巨大な重機が「ちり」のように小さく見える。SF映画の1シーンのよう。
私の足元で、鉱石の粉が舞ってズボンに付く。吸い込むと体に悪いと分かっているが、取材だからと割り切って歩き回るほかない。
驚いたのは、人々がごく普通の生活を営んでいることだった。ソ連時代に建てられた集合住宅。店でパンを焼く女性、通学する子どもたち。採石場近くに住んでいて大丈夫だろうか、と心配になる。
石綿の採掘・使用が世界的に禁じられる中、アスベスト市は欧州メディアで「石綿産業に依存する、時代遅れな街」と報じられる。だがアスベスト市にとって石綿は唯一無二の産業。住民は採石場の閉鎖を恐れ、健康被害にも沈黙する。
公害は、地元が声を上げて初めて問題となるもの。アスベスト市で鉱石採掘がこれからも続くと思うと切なかった。 (小柳悠志)