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バンコク 「コボリ」の残照薄れ

2021年10月27日

 コボリさん。それが、タイで最も有名な日本人の名前だと聞いていた。実在の人物ではない。1960年代の小説「クーカム」(邦題メナムの残照)に登場する小堀大尉のこと。第二次大戦でバンコクに進駐した日本軍将校と、愛国的なタイ女性という相いれない立場の2人の恋物語。作品で描かれた一途(いちず)で包容力のある人柄に加え、映画やテレビドラマでハンサムな俳優が演じ、人気を博した。

 原作者の女性、トムヤンティさん(84)が9月半ばに亡くなった。数々の作品があり、当然、国民的な人気作家と思っていたが「若者の間では、そうでもない」と、事務所の30代の助手は素っ気ない。保守的な家系の出身で、1970年代の民主化運動では、弾圧された若者らに批判的な宣伝をしたことで知られる。「人権や平等が社会を無秩序にした」。作品には、そんな考えもにじんでいたという。

 翻って、最近の民主化デモでは、若者を支持する言動をした作家が受賞した芸術賞を剥奪された。保守層への反発は高まるばかり。時代とともに色あせ、作者の理想像が投影されたともいわれる「コボリ」の行方も気になった。 (岩崎健太朗)