
「レトロな客車だなあ」。雪景色の中の津軽鉄道・津軽五所川原駅で昭和20年代製の古い客車に乗り込むと、誰かが言った。青森県津軽名物のストーブ列車。車内に石炭を燃やす漆黒のだるまストーブがデンと据え付けられ、存在感を示している。外は頬を刺す寒さでも、内は別世界の暖かさだ。
東京から、昨年12月4日に全線開通した東北新幹線「はやて」で新青森駅へ。そこから在来線などを乗り継いできた。はやては近代的でシャープなデザインなだけに、ストーブ列車はいきなりタイムスリップしたような感覚だ。この列車で作家太宰治(1909~48年)の故郷である旧金木村(現五所川原市)へ向かった。
車内では、地元産スルメイカの一夜干しと一合瓶の日本酒がそれぞれ300円で販売され、法被姿の津軽鉄道営業グループリーダー、菊池忠さん(63)がストーブでスルメを焼いてくれた。気さくな営業トップの粋なサービスに心もポカポカだ。
菊池さんはスルメを配りながら「これで知らない人とも仲良しに」と声を弾ませた。「うまい!」。初対面でも思わず笑顔でうなずき合ってしまう。
15分ほどで金木駅に到着した。駅から10分も歩くと、太宰の生家「斜陽館」に着く。父の津島源右衛門が1907(明治40)年に建てた豪邸だ。
斜陽館から東へ約90メートル。離れの「津島家新座敷」も訪ねた。終戦直前の45(昭和20)年7月、太宰は戦禍を逃れるため、妻子と東京から帰郷し、小説を書きながら暮らした。建物は公開されており、案内役の白川公視(ひろし)さん(43)は「廊下のきしみやドアノブ、窓からの日差しが落とす影に太宰の体温を感じてほしい」と話す。ここのほうが斜陽館よりも太宰の生きた証しに触れられるのかもしれない。

金木は津軽三味線が生まれた町でもある。幕末の1857年生まれの仁太坊(にたぼう)が盲目になった後、少年期に三味線の手ほどきを受け、ばちをたたきつける独特の奏法を編み出したという。
斜陽館からほど近い「津軽三味線会館」では歴史や民謡を学べるほか、ホールで生演奏を聴くことができる。
金木を後に日本海を望む津軽藩発祥の地、鰺ケ沢町(あじがさわまち)へ。江戸時代は北前船でにぎわった歴史を持つ。地名にアジが付くが、この時期の味覚はフグ。本場の山口県下関市にも出荷されるほどだ。塩分の強い温泉は肌がすべすべになるうえ、湯冷めしにくい。
町の中心部から南へ車で約30分の黒森地区は、白神山地の入り口。秋田県境付近の世界自然遺産登録地と同様、樹齢約200年のブナの原生林が保たれている。“ミニ白神”であるここでは、雪の上を楽に歩ける西洋かんじきのスノーシューを履いて雪深い原生林をガイド同伴で散策でき、初めて体験した。

雪に覆われた原生林で裸の枝を空へ突き上げるブナを見ると、大雪に耐えて若葉の芽吹きを待つ生命力に、こちらの背筋も伸びた。
青森を旅するなら、躍動する夏のねぶた祭もいいけれど、地吹雪がうなる極寒の季節も捨てがたい。津軽人の人懐っこい笑顔でのもてなしに心地よいぬくもりを感じ、銀世界の雄大な自然に元気をもらうことができた。
文・写真 菊谷隆文
(2011年1月21日 夕刊)
メモ

◆交通
津軽鉄道の津軽五所川原駅へは、東北新幹線新青森駅から在来線かバスを乗り継ぐ。
ストーブ列車は3月31日まで1日3往復を運行。
鰺ケ沢はJR五能線鰺ケ沢駅下車。
◆問い合わせ
五所川原市観光協会=電0173(38)1515
津軽鉄道=電0173(34)2148
鰺ケ沢町観光協会=電0173(72)5004
おすすめ

★雪国地吹雪体験
津軽特有の地吹雪を体験しながら五所川原市金木地区の名所を巡る。
3月5日までの毎日午後1時~同2時半。要予約。1000円。
問い合わせは「津軽地吹雪会」。電0173(52)2012
★わさお
五能線鰺ケ沢駅から2キロのイカ焼き店「七里長浜きくや商店」で飼われている秋田犬。
体毛の長い「ブサかわ犬」として人気になり、3月に映画「わさお」が公開される。
電0173(72)6766
★海の駅わんど
「わんど」とは津軽弁で「私たち」の意味。五能線鰺ケ沢駅から1キロ。
地元産の魚介類、農作物の直売所のほか、観光案内所もある。午前9時~午後6時。
3月まで毎月第2、4水曜休み。4~12月は無休。電0173(72)6661
★板柳町ふるさとセンター
五能線板柳駅から1キロ。青森特産のリンゴを原料にしたジュース、ジャムなどを製造・販売。工芸品の創作体験も。電0172(72)1500