
明治維新期、日本に吹き荒れた神仏分離の嵐。その嵐を逃れた神と仏の宿る山がある。鳥取県三朝町(みささちょう)の三徳山(みとくさん)(標高900メートル)。そこに「日本一危険な国宝」がある。三仏寺投入堂(さんぶつじなげいれどう)である。平安時代に建てられ、1000年の風雪に耐えてきた。大自然に抱かれた建築美に魅せられ、山陰に向かった。
「下山途中に急に雷雨に遭って全身ずぶぬれ。滑落して、もう死ぬかと思った」。思い出すだけでも怖い。そんな表情を浮かべ、知り合いの女性が10年前の経験を語っていた。投入堂は標高約500メートルの絶壁の洞穴に築かれる。参拝登山道は、標高差200メートル、距離にして660メートル。起伏に富んだ修験の道は、急坂、岩場など難所も多く、常に危険と隣り合わせ。
雨が降ったら入山不可。運よく、梅雨の晴れ間だった。木立の中を続く長い石段を登りきると、本堂が千年杉などの木々に囲まれるように現れた。堂前に神馬、狛犬(こまいぬ)の像。堂内には本尊仏、脇に神輿(みこし)、仁王像。神様と仏様が仲良く同居している。神を拝み、仏にも参る。日本人の心性にしっくりくる。なんだか懐かしいたたずまいである。

案内役は同寺執事次長の米田良順さん(33)。本堂裏手の入山受付所で「六根清浄」と染め抜かれた輪袈裟(けさ)を貸与され、たすき掛けにした。「輪袈裟をすれば修行者の一員です」。暗い渓谷にかかる橋を渡り、いよいよ霊場へ分け入った。木の根を伝い、鎖の助けを借りて急斜面を登り、最初に文殊堂、次に地蔵堂に達する。大岩の上に立つ2つのお堂は、まるで樹海に浮かぶ空中楼閣。「晴れた日には日本海、遠くは隠岐島まで見えます」と米田さん。
しばし休憩して、出発。岩伝いの道は難所のやせ尾根へ。鐘楼堂、観音堂など5つの大小のお堂を過ぎると、にわかに視界が広がり、岩穴の中に立つ三仏寺奥の院、国宝投入堂がその姿を現した。険しい岩場と一体となり、大自然に抱かれた美しさに見とれた。
「自然に人間が寄り添い、自然との共存を尊ぶ日本的な美の結晶です」。そう熱く語る米田さんの言葉に深くうなずいていた。
下山すると、本堂で読経を終えた米田良中住職が声を掛けてくれた。「どうですか、心身が洗われたでしょう。疲れには近くの三朝温泉がよく効きます」
夜、カジカガエルが鳴く旅館近くの川辺で蛍狩りを楽しみ、三朝温泉名物のラジウム温泉につかった。

隣町の倉吉市に足を延ばし、赤い石州瓦が屋根にのる白壁土蔵群を散策した。この一角に、謎めいた豪商邸「倉吉淀屋」があった。外から見ると棟を並べる大小の民家が二棟。しかし、内部は一連という“カラクリ”が施されている。江戸幕府によって取りつぶしに遭った大阪有数の豪商、淀屋にゆかりと聞いて中に入ると、商家らしい質実剛健なたたずまいの奥に、殿様を迎えるような迎賓館的な座敷がしつらえられていた。
同家は倉吉の繁栄のもととなった「稲こき千刃」を商い、淀屋の“お家再興”を図ったものの、幕末に突然閉店。歴史の波間に消えた。この屋敷が、地元の高専教授によって再発見されたのは120年後だった。
神仏が宿る三徳山といい、数奇な軌跡を描く倉吉淀屋といい、鳥取県中部には今なお不思議が秘められているようだ。
文・写真 長谷義隆
(2012年6月29日 夕刊)
メモ

◆交通
三徳山三仏寺へは、JR山陰線倉吉駅からバスで30分。
三朝温泉からバスで15分。
入山料は大人400円、投入堂への入山には別途200円。
参拝登山は2人以上、滑りにくい運動靴かわら草履の登山
ができる服装で。雨天、積雪など悪天候時は登山できない。
◆問い合わせ
三徳山三仏寺=電0858(43)2666、
三朝温泉観光協会=電0858(43)0431、
倉吉観光案内所=電0858(22)1200
おすすめ

★青山剛昌ふるさと館(鳥取県北栄町由良宿)
世界21カ国・地域で翻訳版が発行されている漫画「名探偵コナン」の作者
青山剛昌さんの出身地にある。
JR山陰線由良駅から1.4キロ続く「コナン通り」はコナン像12体などを配置。
その一角にある同館は作者の原画や操り人形、再現された仕事場など
ファン必見の展示がめじろ押し。
大人700円。中・高生500円。電0858(37)5389
★倉吉淀屋
レトロな「白壁土蔵群・赤瓦」が立ち並ぶ倉吉市打吹地区の外れにある、
倉吉に現存する最古の商家建築。
淀屋の歴史とともに見学すると、興味は倍増する。
同市教育委員会文化財課=電0858(22)4419
★三朝温泉
ラドン含有量が世界有数で、人体の自然治癒力を活性化させる効果があるとされる名湯。
三徳川の河原にある露天風呂は同温泉名物。