
仕事も子育ても終えたら、夫婦で豪華客船で旅に出たい-。そんな夢をかなえるにはまだ、20年以上かかりそうだが、一人で“予行演習”に出掛けることを思い立った。選んだのは「にっぽん丸で行く、秋のサハリン」。北海道の小樽港を発着する2泊3日の旅ながら、ロシアで市内観光もできる。
港で出合ったにっぽん丸の濃紺の船体は、船首から船尾が見えないほど大きい。乗り込んですぐ「避難訓練」の放送が入った。デッキに出て救命ボートの前に集合。するとスタッフから「シャンパンをどうぞ」とグラスと、紙テープが手渡された。桟橋に向かって400人近い乗客が次々に投げる。その端を見送りの人たちが握ってくれて、テープが虹のようにかかったころ「ボーッ」という汽笛とともに船が離れた。
うれしいはずなのに、なぜか切なさが入り交じった気分に。この出港の儀式を「ボンボヤージュ(よい旅を)サービス」と呼ぶそうだ。船でしか味わえないおもてなしに、胸が沸き立った。

船室は7階建て。探検ツアーに参加して映画館、スポーツジムなどを回る。巨大ホテル、いや、船医も同行していて“動く街”といった感じ。屋上のプールサイドに立つと、右舷の遠くに北海道が見えた。緑の帯のように続く岸辺をなぞりながら、船は揺れずに北へと進む。
さあ、夕食。これには「ドレスコード」なる服装の決まりが設定されていて、今回は4段階のうち、一番気軽な「カジュアル」。悩んで持って行ったバブル時代のドレスは、ちょっと派手すぎた。皆さんの服装をチェックしつつ、タイのマリネから始まるフルコースをおいしくいただいた。
あとは深夜までオペラコンサート、ダンスタイムとイベントが続く。ダンスホールで、幾人かに話を聞いて驚いた。リピーターの多いこと! 大阪市の会社役員(81)のように「にっぽん丸では2回目だが、船旅は10回ぐらい」なんていう人も珍しくない。「生活用具は100円ショップでそろえ、お金をためて来るの」という60代の女性グループに勇気づけられた。

2日目は朝、コルサコフに入港。オプショナルツアーのバスでユジノサハリンスク市内へ。「日本に一番近いヨーロッパ」で売り出し中だそうだ。金髪で肌の透き通った人々が行き交う街から、ここを「豊原(とよはら)」と呼んだ日本時代の名残を探すのは難しい。旧樺太庁博物館にはロシア語の説明パネルしかないのだが、軍服や大砲の展示を見て、2つの国の歴史をロシア側の視点から学んだ気がした。庭ではウエディング衣装で写真を撮っているカップルが4組も。橋の欄干に掛けているのは南京錠? 「愛が長続きするおまじない」だと、近くの大学生タチヤーナ・キムさん(20)が教えてくれた。
夜には満天の星が見え、おもてなしの質の高さからいえば、クルーズはむしろ、お得な旅だと言っていい。日本のクルーズ人口は今や、20万人。ここに団塊の世代を取り込もうと、外国籍で10万トン以上の客船が大浴場を新設するなどして、日本への寄港を増やしている。2万トン級のにっぽん丸は「小さいので入れる港が多い」と番留誠船長(51)が言うように、変化に富んだコースでファンを獲得していくだろう。
選択肢が増えるのはありがたい。いつか世界一周ができるようにお金をためよう。それに今回、もしダンスが踊れたら、船旅が何倍も楽しいものになると分かった。興味なさそうな夫が、一緒に習ってくれるかしら。

文・写真 長坂幸枝
(2013年10月18日 夕刊)
メモ

◆交通
小樽港-コルサコフ港は約400キロ。今回は2泊3日(食事5回)で2人1室利用1人8万8000~40万円。ユジノサハリンスク市内のオプショナルツアーはボルシチの昼食付き1万9800円。北海道からサハリンへ向かうクルーズは今年、ほかの日本船2船も催行した。来年は未定。
◆問い合わせ
にっぽん丸(商船三井客船)=フリーダイヤル(0120)791211
飛鳥2(ローマ数字の2)(郵船クルーズ)=電045(640)5301
ぱしふぃっくびいなす(日本クルーズ客船)=フリーダイヤル(0120)017383
おすすめ

★クルーズアドバイザー
船旅の計画は、この資格を持つ人に相談するといい。日本外航客船協会が旅行業従事者に与える民間資格だが、全国で約3500人が認定されていて、船の特徴やドレスコードなどについて教えてくれる。大手旅行会社の窓口にいるという。
★エステ
にっぽん丸が、2010年にリニューアルした際に、フランス発のサロン「スパ・ド・テラケ」をオープン。スクラブとオイルマッサージのボディーケア90分、1万8000円など。
★土産
ロシアでは木のおもちゃ、特にこけしに似たマトリョーシカが人気。今回のツアーで立ち寄った民芸店で、30センチほどの1体が1000ルーブル(約3000円)。スーパーでは一口チョコレート21個入り1箱が250ルーブル、黒スグリのジャム230グラム1瓶が76ルーブルなど。