
ほほに突き刺さるような冷たい風。硬く凍った路面を転ばないよう恐る恐る歩を進めて門をくぐると、かやぶきのアイヌ民族の伝統家屋チセが5棟連なった“集落”が現れた。
北海道白老(しらおい)町の「アイヌ民族博物館」。チセと博物館、野草園などが湖畔に並ぶ野外の施設で「ポロトコタン」(アイヌ語で「大きな湖の集落」)とも呼ばれる。冬のこの時季は、保存食としてサケを薫製にする伝統食サッチェプが寒風干しされ、バスで到着した韓国からの観光客が珍しそうに記念撮影していた。

「もうじき、定時の古式舞踊が始まりますよ」。同館渉外広報課長の西條林哉さん(47)の案内で、200人収容の客席を備えた一番手前のチセに入った。いろりが設けられた舞台に、独特の刺しゅうが施された民族服の男女8人が登場。簡単なアイヌ文化の解説の後、いろりを囲んでぐるぐる回りながら歌うイヨマンテなど、さまざまな踊りを20分ほどかけて披露した。
イヨマンテとは、熊の霊送りのこと。熊はアイヌにとって、肉も毛皮も骨もすべてが生活に欠かせない生き物。演じた1人、アイヌ文化の伝承者で同館学芸員の押野朱美さん(31)は「恵みを得る一方で、最大の礼で神の世界へ送り返し、再び戻ってくることを願う儀式です」と説明してくれた。
この日は別のチセで、アイヌ語で伝わる昔話を聞く不定期のイベントもあった。〽パウチョーチョパフムフムフム-。懐かしさを感じさせるメロディーに乗って語られるのは、「アイヌの横暴に対してキツネが怒る夢を見たので、アイヌがキツネの神に謝った」といった内容の物語。自然のものはアイヌ(人間)だけのものではないという教訓を伝えるという。人間と自然、神を巡るアイヌならではの世界観を垣間見た気がした。
こうした実演のほかに、博物館スペースでは、所蔵6000点の資料のうち800点を常設展示している。渦巻きやとげが組み合わさったような刺しゅうの衣装、狩猟の道具といった品々から、暮らしのさまざまな側面を知ることができる。
一通り施設を巡ると2時間が過ぎた。野外の冷たい風は避けられず、温かいご飯が恋しくなる。同じ敷地内のカフェリムセで、アイヌ料理の汁物「オハウ」のランチを注文する。サケや野菜が入ったシンプルな塩味のスープが、体に染み込んできた。

近年、アイヌ文化に光が当てられている。明治後期の北海道を舞台にアイヌの少女が活躍する野田サトルさんの漫画「ゴールデンカムイ」が、昨年の「マンガ大賞2016」に輝いたのがきっかけだ。金塊を探す主要ストーリーの随所に、アイヌの文化や食事の描写が登場し、話題となった。
ミュージアムショップでは、野田さんの直筆サイン色紙が展示され、作中の少女アシリパが着用するデザインの鉢巻きも売られていた。「この色紙を見るために来るお客さんもいますよ」と西條さん。漫画効果で、新たなアイヌ文化発信の可能性を感じている。
北海道の地名の多くはアイヌ語が由来で、白老も「シラウオイ(アブの多い所)」が語源とか。その白老には大きなアイヌ集落があったが、戦後の観光ブームで観光客や車が生活空間を圧迫するようになった。そこで1965(昭和40)年、ポロト湖畔に移設したのが同博物館の始まりだ。そして一帯は、国立の施設「民族共生象徴空間」として生まれ変わる。オープン時期は東京五輪が開かれる2020年。博物館は、新たなステージを迎える。
文・写真 古池康司
(2017年1月6日 夕刊)
メモ

◆交通
新千歳空港からJR特急を利用して約50分。
白老駅からは徒歩15分。
◆問い合わせ
アイヌ民族博物館=電0144(82)3914
おすすめ


★白老和牛王国 上村牧場
北海道のブランド牛・白老牛を130頭ほど飼育し、併設のレストランで提供。
「とろカルビステーキ」(100グラム3670円から)は、脂がとろけ、甘みが広がるぜいたくな味わい。
白老駅から車で約15分。電0144(83)4929
★白老たまごの里 マザーズ
養鶏場とスイーツ店が一体になった施設。
一番人気はシュークリーム。
札幌など、道内の都市部の人たちに人気。
白老駅から車で約15分。
電0144(82)6786
★ポロト湖
湖面が凍結する冬季(1月上旬~3月上旬ごろ)は、ワカサギ釣りが楽しめる。
白老観光協会=電0144(82)2216
★仙台藩白老元陣屋資料館
江戸時代末期、外国への警備のために置かれた陣屋跡に立つ資料館。
絵地図や古文書で、蝦夷(えぞ)地の歴史を紹介。
白老駅から車で約5分。
入館料は大人300円、小中学生150円。
電0144(85)2666