木立の間に見えるこの不思議な建物は、いったい何だろう。
穂高岳や槍ケ岳など名峰のふもと、「岳都」を名乗る長野県松本市。中心部の松本駅から東へ4キロほど離れた里山辺(さとやまべ)地区に静かにたたずむ。和風の木造2階建てだが、瓦屋根の上には西洋の邸宅のような八角の塔。
これは擬洋風(ぎようふう)と呼ばれる特徴を持つ「旧山辺学校」の校舎。1885(明治18)年に建てられ、1928(昭和3)年まで校舎として利用された。その後、改修などを経て現在は市立博物館の分館となっている。
大人200円の観覧料を払い、入館してみよう。展示室は、かつて子どもたちの元気な声が響いたであろう教室。明治時代に使われた教科書をはじめ、貴重な資料の数々が陳列され、この学校と地域の歴史を物語る。
松本市の擬洋風の校舎といえば、壮麗な「旧開智学校」が名高い。旧山辺学校より9年早く建てられ、窓には高価だったガラスが使われたことから「ギヤマン学校」の異名を取る。
一方、旧山辺学校は窓が障子の質素な造りで「障子学校」と呼ばれた。だがそれは、この学校を建てた地元の人々の熱意の裏返し。当時、学校の建築費は地域の住民が出し合うのが普通だった。立派な校舎ではなくとも、子どもが学ぶ拠点をつくろうとした明治の先人の志を伝える貴重な歴史遺産なのだ。
「どちらもそれぞれの良さがあって、ちょうど京都の金閣と銀閣みたいでしょう」
2つの学校をこう語るのは渡辺宏さん(47)。古本喫茶「想雲堂」(同市大手4)の店主だ。
市の中心街、観光客で大にぎわいの国宝・松本城から歩いて5分ほど。大正時代の建物を改装した店内には、壁いっぱいに古本が並ぶ。それを自由に読みながらお茶やコーヒー、お酒を楽しめる。もちろん、気に入った本はその場で買えるのだ。
今年で開店から6年。経営のかたわら渡辺さんは4月、雑誌「松本の本」を創刊した。「松本のガイドブックはたくさんありますが、地元民の言葉で松本を語りたいと思いまして」。記念の創刊号では、市内の古書店の特集を組んでいる。今後も毎年1冊、発行する予定だ。
お店の上にミニ天守閣がそびえる「青翰堂(せいかんどう)」をはじめ、松本には特徴豊かな古書店がいくつもある。古い建物を大切にしている松本の人たちは、古い本もまた大切にしているらしい。
「松本の本」を手に古書店巡りなど「古いもの紀行」を楽しんでいたら、おなかがすいた。手打ちそばの名店「丸周」(同市中央2)に行こう。こちらも開店から6年。明治時代の町家を改築した風情ある建物だ。
店主の丸山尚之さん(64)はもともとここで、祖父から3代続く印刷業を営んでいた。しかし趣味で始めたそば打ちが、やがて本業に。県産のそば粉を手打ちなどといった基準を満たす店だけが名乗れる「信州そば切りの店」にも認定されている。
まずは手作り薫製の盛り合わせやだし巻き卵で、信州の美酒「水尾」を味わう。そして自慢の手打ちそば。もちろんどれもおいしいけれど、一番の楽しみは、地元でオペラの舞台にも立つアマチュア歌手の丸山さんとのおしゃべり。調理の手が空いたころに話しかけてみる。
「次の舞台は何ですか」「いま新作の準備が進んでいるんですよ」。知らないまちを訪ねてその歴史を知り、そこに暮らす人と語り合う。そんな過ごし方の好きな方に、松本はお薦め。大型連休や夏休みなど混む時期は避けて、心ゆったりとお出かけいただきたい。
写真・文 三品信
(2019年8月9日 夕刊)
メモ
◆交通
松本へは、東京からJR中央線の特急「あずさ」(主に新宿駅発着)が、名古屋からJR中央線・篠ノ井線の特急「しなの」が、いずれも乗り換えなしで行ける。
新宿や名古屋からは高速バスも運行し、松本駅から徒歩5分の「松本バスターミナル」の発着。
マイカーなら、長野道・松本ICから東へ10分ほどで市中心部に着く。
◆問い合わせ
松本市内の観光や宿泊などは、市観光情報センター=電0263(39)7176=へ。
おすすめ
★あがたの森文化会館
作家の北杜夫さん、辻邦生さんらが学んだ旧制松本高校(信州大の前身の一つ)の校舎が国の重要文化財に指定されており、それを保存しつつ市民の教育や文化の活動に活用している貴重な施設。
洋風の重厚な木造建築で、内部を観覧できる。
電0263(32)1812
★パブリック・ビアハウス オールドロック
松本駅前通りから松本城へ向かう「本町通り」にあるアイルランド風のパブ。
ドアを開けると、本場の店構えを思わせる重厚なインテリア。
オリジナルのビールをはじめ豊富なドリンク、ダンディーなシェフの手掛ける料理、そしてスタッフの気さくなもてなしが人気。
サッカーJ1の松本山雅の対戦日には、店内でパブリックビューイングも。
電0263(38)0069