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大蔵村

大蔵村 山形県 黄金と緑の棚田絵巻

四ケ村では、1900枚の棚田が山あいに広がる

四ケ村では、1900枚の棚田が山あいに広がる

 昔はありふれていたのだろう。でも今、そのゆったりとした時の流れは限りなくぜいたくだ。

 山形県最上地方南部の大蔵村。癒やしを求め、NPO法人「日本で最も美しい村」連合に加盟する山村までやって来た。

 まず向かったのは「四ケ村(しかむら)の棚田」。山あいに点在する4集落で耕す棚田1900枚が、120ヘクタールにわたり広がる。「日本の棚田100選」にも選ばれている。

 10月初旬の稲刈り最盛期。出羽三山のひとつ、月山を望む高台から見渡す。はるか向こうの山の中腹まで、稲穂の黄金色と、土手に生える草の緑色が交互に続くさまは、まさに棚田絵巻だ。

 あぜ道を歩く。足を踏み出すたび、イナゴが飛び上がる。耕作者がいないのか、雑草が茂る田も目につく。「だんだん人が減って、皆で管理してるんだ」。息子、孫と一緒に作業していた男性(70)がつぶやく。夏にはライトアップイベントがあり、来年は棚田のある全国の市町村関係者が集う棚田サミットも開かれる。休耕田の草刈りに、水路の管理-。日本の原風景を守る苦労は絶えない。

 四ケ村を離れ、役場のある村北部を目指す。藤田沢(とうださわ)の集落にも棚田が広がる。その中に1枚、深く水を張った田んぼがあった。休耕田で魚を養殖し特産品にする地元商工会の取り組み。11月の水揚げを待つのは、コイ科の淡水魚ホンモロコだ。

 体長は出荷する7~9センチ程度まで成長している。管理する鈴木健一さん(70)が餌を放ると、口を開けて群がり、体のうろこに午後の光がキラリと反射した。棚田の静けさの中、小さな命の躍動がとりわけ際だつ。

肘折温泉の朝市では、地元の山菜や野菜が手頃な価格で手に入る

肘折温泉の朝市では、地元の山菜や野菜が手頃な価格で手に入る

 集落を後にし、開湯1200年の歴史がある肘折(ひじおり)温泉郷へ。温泉街に入ると、20軒ほどの旅館や土産物店が軒を連ねる細い路地が目に飛び込む。浴衣を着た宿泊客が共同浴場へ歩く姿に、どこか心安らぐ。

 今夜の宿は松井旅館。歌人、斎藤茂吉が1947年に滞在した。「わが家の宝です」。おかみの松井美和さんが茂吉直筆の短冊を見せてくれた。山上でバスを降り、温泉郷まで歩いた道を詠んだという。

 肘折のいでゆ浴みむと秋彼岸の はざま路とほくのぼる楽しさ

 茂吉も漬かった湯に入った。肘折温泉は炭酸泉で、傷やリウマチに効くとされる。茂吉が別の歌で詠んだように目をつぶると、源泉の温かさが体の奥まで伝わってくる。ミズ、トビタケなど村の山菜、キノコを使った料理に、村唯一の酒蔵の地酒「花羽陽(はなうよう)」を味わい、床に就いた。

 明け方、温泉客が鳴らすげたの音で目を覚ました。松井旅館前から40メートルほど。冬季を除き毎日朝市がある。村人が取れたての野菜や山菜を並べ、客と値段交渉。村人同士の世間話もまた名物だ。「おはようございます」。村中心部までバスで通う小学生が元気に脇をすり抜けた。

 20年ほど前までは県内の農家など、自炊しながら1~2週間滞在する湯治客が中心だったが、今は県外の客が増えた。神戸市の小倉哲志さん(63)もその1人。「湯触りが良いし、地元の人との距離も近いよね」。ここ数年は毎年泊まりに来ているという。

断崖絶壁に立つ地蔵倉は、縁結びの神様としても知られる=いずれも山形県大蔵村で

断崖絶壁に立つ地蔵倉は、縁結びの神様としても知られる=いずれも山形県大蔵村で

 肘折の名は807年、老僧が折れた肘を湯につけたら治ったことに由来する。老僧が住んだとされる洞窟は、温泉街から遊歩道を40分ほど登った断崖絶壁にあり、10体ほどの石仏と木造の本殿「地蔵倉」がすえられている。村人だろうか、石仏には1体ずつ毛糸の帽子がかぶせてあった。時に4メートル以上の積雪がある豪雪地帯。また違う季節の再訪を願い手を合わせた。

 文・写真 曽布川剛

(2019年10月18日 夕刊)

メモ

◆交通
山形空港へは、羽田空港、県営名古屋空港から直行便がある。
肘折温泉へは、空港から観光ライナー(予約制乗り合いタクシー。
2人以上利用で1人2500円)で1時間20分。
東京駅からは、山形新幹線・新庄駅で下車し、村営バスで55分。
温泉から四ケ村の棚田までは車で15分。

◆問い合わせ
肘折温泉観光案内所=電0233(76)2211

おすすめ

石抱温泉

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羽賀だんご店

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★石抱(いしだき)温泉
肘折の温泉街から車で10分ほどの山中で、岩の割れ目から湧き出すぬるめの湯をためただけの野湯。
炭酸泉で体が浮かないように石を抱いて入ったなど、由来には諸説ある。
旅館「ゑびす屋」が管理している。
電0233(76)2008

★羽賀だんご店
温泉街の南端にある自家製餅とだんごの専門店。
しょうゆ、ずんだ、ごま、あんこの4つの味があるだんごは1本120円。旅館の部屋にも配達してくれる。
電0233(76)2231

★ホンモロコ
おおくらむら産業おこし研究会が休耕田で養殖していて、500グラム税別1500円で配送している。
商品名は「ほんもろ娘(こ)」。
電0233(75)8056。
村へのふるさと納税の返礼品でも扱っている。
県内では、肘折温泉の旅館「元河原湯」、西川町の料亭「玉貴」で、素揚げや炭火焼きで味わえる。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。