昭和村は山に囲まれた福島県の村だ。村には鉄道駅がない。コンビニもない。温泉は1つある。道の駅も1つ。信号機は2つあるが、小学校の前にあるのは、交通安全の教育用でもある。だが、全国に誇れるものは3つもある。旧喰丸(くいまる)小の校舎、からむし織とカスミソウである。
校舎は1937(昭和12)年建築の木造2階建て。80年に廃校になった。
取り壊しの日が近づいたころ、映画「ハーメルン」(2013年、坪川拓史監督)の撮影に使われた。西島秀俊さんや倍賞千恵子さんが出演し、校舎と校庭の黄葉のイチョウが印象的な映画になった。
撮影時、村を挙げて協力。改修工事は1億4400万円もかかる見込みだったが、村は校舎を保存することに決めた。人口1200人余の村では重い決断だった。昨年4月、再オープンすると、観光スポットになった。
舟木幸一村長は「クラウドファンディングのおかげ。外国人観光客が仙台空港からレンタカーを走らせて来ることもある」と感慨深げに話す。
旧校舎の隣に蕎麦(そば)カフェ「スコラ」がある。2階の窓辺の席でコーヒーを飲みながら校舎を見た。卒業生でもないのに懐かしく感じる。
2つ目の自慢はからむし織。カラムシはイラクサ科の多年草で、茎の皮から青苧(あおそ)と呼ぶ繊維を取り出す。越後上布(じょうふ)や小千谷縮(おぢやちぢみ)の原料である。
「からむしのおばあちゃん」と呼ばれる五十嵐かよ子さんは、1925(大正14)年生まれの94歳。栽培も織物のデザインも1人でやっている。両手や足、腰も動かして織る。時折、手を止めて糸の具合を調べる。老眼の記者には信じられない元気さに驚いていると「楽しみでやっているだけ」と笑った。
江戸時代から、深い雪に閉ざされる冬になると、女性たちがカラムシの糸を紡いできた。かつては全国で作られたが、本州ではもう、昭和村だけになっている。国選定保存技術にも指定されている。
村は一村一品運動でからむし織を選び、94年から「織姫(おりひめ)」の募集を始めた。後継者育成が目的で、対象は18歳以上の村外の女性。約1年間、体験実習をする。「彦星(ひこぼし)」の名で男性の募集もしている。
これまでに織姫は100人を超え、約30人が村に定住している。道の駅「からむし織の里しょうわ」の駅長、舟木容子さんは第1期生である。小学校には織姫の子がかなりいるという。
もう一つの自慢のカスミソウは、夏から秋にかけて首都圏の市場に出荷されている。夏秋期の生産量は日本一。栽培農家になりたいとUターンやIターンしてくる人がいるという。
満天の星を思わせる無数の花が咲く…誘い文句にひかれて、絶景を撮ろうと張り切ったら「花が咲く前に出荷するから、村では見られない」と言われた。しかも、栽培はビニールハウスの中だった。
木造校舎。黄金色の田んぼが広がり、その向こうに緑の山。見上げれば青空が広がる。ただ、のんびり歩きながら眺めるだけだ。
織姫第1期生で、奥会津の別の町に住む渡部和(かず)さんに村の魅力を聞いた。
「空が広い」「ここに来るとホッとする」「人と人のつながりかしら」とポツリポツリと織姫時代を懐かしむように話す。
村の魅力はきっと、村の人自身なんだ。心の優しい人たちだから、廃校を残し、からむし織の伝統を守ってきたのだろう。
文・写真 井上能行
(2019年11月8日 夕刊)
メモ
◆交通
昭和村へは会津鉄道・会津田島駅からバス(約50分)が便利。
このバスは冬季(12~3月)は運休する。
会津田島駅へは東武鉄道・浅草駅から特急で。
JR只見線・会津川口駅からもバス(35分)が通年ある。
◆問い合わせ
昭和村観光協会=電0241(57)3700。
事務所は旧喰丸小校舎にある。
おすすめ
★道の駅からむし織の里しょうわ
メインの建物は織姫交流館で、からむし織を展示。体験もできる(予約が必要)。
販売コーナーでは「やみつき甘クルミ」が人気。
プレーンとじゅうねん(エゴマ)入りの2種類の味がある。
福島県産の日本酒の品ぞろえが充実しているのも自慢。
詳細は公式サイトで。
★昭和温泉
資源開発の探査で偶然、発見されて1972年に開業した。
奥会津昭和村振興公社が宿泊施設しらかば荘を運営。
季節の山菜料理がおいしい。
日帰り入浴もできる。
電0241(57)2585
★会津田島祇園会館
バスの待ち時間にお薦め。
会津田島祇園祭は日本三大祇園祭の一つとされる。
高島田に結った女性らによる華やかな七行器(ななほかい)行列が有名。
会館では等身大の人形で行列を再現している。
大人500円。
会津田島駅から徒歩8分。
電0241(62)5557