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【富山】高岡御旅屋 1623年以前創建か 市博物館学芸員 飯田家文書調べ新説

ジャンル・エリア : 富山 | 展示 | 歴史  2019年12月17日

「高岡旅屋々敷泉水」の記述がある文書を示す仁ケ竹亮介副主幹学芸員=高岡市博物館で

「高岡旅屋々敷泉水」の記述がある文書を示す仁ケ竹亮介副主幹学芸員=高岡市博物館で

 高岡市博物館の仁ケ竹(にがたけ)亮介副主幹学芸員(44)は、同館所蔵の飯田家文書の調査により、加賀藩主が参勤交代やタカ狩りの際に宿泊した藩営の宿舎「高岡御旅屋(おたや)」が1623(元和9)年以前に創建されたとする新説を発表した。(武田寛史)

 高岡御旅屋の創建年代については諸説あるが、仁ケ竹学芸員は「信頼度の高い一次史料を基にした新説。高岡御旅屋に泉水(池)の庭園があったことも確認できる」と説明する。

 御旅屋は加賀藩領内に8カ所あり、1年間に1~2回の利用があったとされる。高岡御旅屋は現在の高岡市御旅屋町にあったが、1728年に取り壊された。

 今回注目したのは、下関村の十村(とむら)(庄屋)だった豪農の飯田家に伝わる文書「下関村内高岡明屋敷方免相定書(あけやしきかためんあいさだめしょ)」。下関村の高岡明屋敷(武家屋敷跡地)の新田開発に対する年貢率(免相)の通知書で「高岡旅屋々敷泉水」の一文が見られる。加賀前田家3代当主の前田利常の印もある。

 仁ケ竹学芸員によれば、文中の「高岡旅屋々敷」の記述が、書かれた1623年に高岡御旅屋があったことの裏付けになるという。泉水(池)の存在を証明する記述も初確認で、高岡市中央図書館が所蔵する「御旅屋古図」に書かれた御堀と中島の部分が泉水のことを指していると指摘する。

 定説では、高岡御旅屋の創建年代を元和年間(1615~24年)としているが、これは後世に書かれた「高岡町図之弁」(1771年)の推測的な記述を基にしている。1646年以前や1639年以前とする他説も由緒書(ゆいしょがき)など後世の編さん物を参考にしており、根拠としては弱い。

 仁ケ竹学芸員は「文書は加賀藩が下関村に出した公文書で確かな史料。創建年代が少し絞り込めたが、いつの創建かは不明。飯田家文書は江戸時代の物で500以上あり、一つずつ光を当てていき、歴史像を復元していきたい」と話す。

 文書は館蔵品展「新収蔵品あれこれ」で来年1月13日まで展示している。ただし、月曜日(祝休日は開館)と29日~1月3日は休館。無料。

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