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【三重】豪商・三井高利の足跡たどる 市歴史民俗資料館で生誕400年企画展

ジャンル・エリア : 三重 | 展示 | 歴史  2022年05月10日

「東都三井店之図」(右)など、松阪市内に残る三井家に関する資料が並ぶ会場

「東都三井店之図」(右)など、松阪市内に残る三井家に関する資料が並ぶ会場

 松阪出身の豪商、三井高利(1622~94年)の生誕400年を記念した企画展「松阪に残る三井家の足跡」が、市歴史民俗資料館で開かれている。今では市内に残る目立った三井家の足跡は発祥地(同市本町)くらいだが、浮世絵など80点の資料から松阪との深いつながりを紹介している。6月5日まで。 (望月海希)

 商人の家に生まれた高利は、14歳で江戸の兄の店で修業を始め、商才を磨いた。28歳で松阪に戻った後も、大名に金を貸す「大名貸し」などで利益を上げて資金を蓄え、52歳の時に江戸と京都に進出。江戸には呉服店、京都には呉服を仕入れる店を開いた。65歳で京都に拠点を移した後も、松阪には一族の「松坂家(松坂南家)」と「永坂町家(松坂北家)」、木綿を仕入れる「松坂店」を置き、商いを続けた。

 江戸では、店頭で商売を販売する「店先売り」や、商品に定価を付けて現金払いで売る「現金掛け値なし」など画期的な商売手法で店を繁盛させた。「東都三井店之図」(1836年)は、江戸駿河町の店を描いた浮世絵。江戸時代中期の浮世絵師、柳文朝が描いたもので、三井家に仕えた松阪出身の奉公人、飯田又四郎らが、菩提(ぼだい)寺の西方寺(同市清水町)に奉納した。

中村六兵衛が保管していたとみられる「定書」=いずれも松阪市歴史民俗資料館で

中村六兵衛が保管していたとみられる「定書」=いずれも松阪市歴史民俗資料館で

 松坂店の奉公人で、松坂南、北家両当主を支えた中村六兵衛(1801~60年)が残した三井家に関する資料も並ぶ。「定書」は、三井家の家法を記した「宗竺(そうちく)遺書」を抜粋して編集した書物。当主や店の重役などの前で読み聞かせするために使われ、店の支配人にあたる「勘定名代」を務めた六兵衛が保管していたとみられる。

 松阪の他の豪商との交流がうかがえる書物も残る。松坂南家5代目当主の娘と、松阪木綿の商いで栄えた長谷川治郎兵衛家7代目当主が結婚した際には、松坂南家から縁組を祝う書状が贈られている。

 学芸員の杉山亜沙佳さんは「松阪市内に残る三井家ゆかりの資料を地域の人に見てもらいたい」と来場を呼び掛けている。月曜休み。