ジャンル・エリア : 展示 | 温泉 | 甲信越 2022年06月16日
長野県茅野市の茅野駅は、私の大好きな駅。隣接して、劇場・音楽ホールや図書室、ギャラリーを備えた市民館と市美術館が立っているのだ。
地方のまちでは自家用車が生活の足となって、公共交通機関が消えゆく現在、ここは貴重な-と理屈はさておき、図書室で本を読みつつ、駅を行き交う電車を眺めるのは、本と鉄道の好きな者にとって至福のひとときとなる。
その茅野駅に、新たな本の魅力が増えた。近年、全国で次々に開設されている「まちライブラリー」が、市民館と線路をはさんで駅に隣接する複合施設「ベルビア」に誕生したのだ=写真(1)。だれでも気軽に立ち寄り、さまざまな本を自由に読める場所だ。
本と読書を軸に、人と人のつながりをつくりだしている活動。森記念財団(東京)の啓発普及部長・礒井純充(いそいよしみつ)さんが提唱して、広がっている。
私が訪れた日は、利用者のためのテーブルを作るという催しが開かれていた。様子を見ていると、スタッフの人が「よかったら一緒にどうぞ」と声をかけてくれた。うん、楽しそうだ。さっそく妻と、仲間に入れていただく。
あらかじめ用意されていた木材にドリルでねじを締め、何個もテーブルが完成する。礒井さんじきじきの指導で、妻は「まちライブラリー」の焼き印を押した=写真(2)。焼きごてなんて使ったのは、私も初めて。たまたま電車で駅に来ていたおかげで、まったく思いがけない体験ができた。
この場で出会った人たちが「すごくいいところだよ」と口をそろえたのが、偶然にも今回泊まる「創業大正15年蓼科親湯(たてしなしんゆ)温泉」だった。
ライブラリーを後にして、茅野駅からバスで約30分。かつて伊藤左千夫や太宰治をはじめ、多くの文化人が宿泊した、格調高い高原の宿だ。約3万冊という蔵書を誇り、重厚なロビーラウンジを文化の薫りで満たす=写真(3)。
絵や書なども多く飾られ、食事や入浴の行き帰りに通る階段の壁には、信州が生んだ大家・中村不折の掛け軸が、いくつもあった。もしここが美術館ならガラス越しに見るような品を、じかに眺める。これは大変な贅沢(ぜいたく)だ。
スタッフも素晴らしくて、夕食の席に着くと私のお箸は左利き向きに置かれていた。チェックインのときに左手で書類を書いたから、という。こんな心配りには、なかなかあずかれるものではない。
何日でも泊まっていたいと思うけれど、あいにくうちの家計では2泊ぐらいが限界。できればまた来よう。そして膨大な本の数々に囲まれて、静かに過ごそう。 (三品信)
▼ガイド
茅野市民館の図書室は火曜休館。(電)0266(82)8222。ベルビアの「まちライブラリー」は、正式名称が「まちライブラリー@My Book Station 茅野駅」。毎月第3木曜と年末年始など休館。「創業大正15年蓼科親湯温泉」は、茅野市北山4035。(電)0266(67)2020。本を持ち帰る不心得者がいるそうで、絶対にやめてください。
(中日新聞夕刊 2022年6月16日掲載)