ジャンル・エリア : グルメ | 富山 | 歴史 | 特産 2022年06月30日
先週に続き、富山市の取材ツアーのお話。遊覧船に乗り、農産物直売所に行くうちに、おなかがすいてきた。けれど次に案内されたのは、なんと薬屋。まさか食欲を抑える薬を飲んで、ご飯抜きで観光するというわけではないですよね…?
老舗薬屋「池田屋安兵衛商店」の2階に上がると、そこは体に優しい薬膳料理のレストラン「健康膳 薬都(やくと)」だった。高麗人参と鶏団子のスープ、黒米の山菜おこわ…次々と出てくるコース料理のどれもおいしいこと。味付けは濃くも薄くもなく、じんわり体に染み渡る優しい味だ。「東京からこの料理を食べに来る人もいます」という池田安隆社長の言葉もうなずける。
江戸時代から薬産業で栄えてきた富山。店の1階は和漢薬がずらっと並ぶ。人気の薬は「越中反魂丹(はんごんたん)」。死者をよみがえらせるのではなく、食べ過ぎ飲み過ぎに効くそうだ。店の中央には、かつて薬を丸めるのに使われていた木製の機械がどんと置かれている。
店の人が動かすと、小さな穴から黒っぽい固まりがにゅっと押し出された。直径2ミリの丸薬に、富山の歴史が詰まっているみたい。
そんな歴史を映しているところは他にもあった。続いて訪れた創業350年以上の「島川あめ店」だ。丸薬のつなぎとして使われた水あめを、今も麦芽とでんぷんだけで作り続ける。特別に試食させてもらい、箸の先にまとわせた黄金色の水あめを口に運ぶと、自然な甘さに顔がほころぶ。
最後に訪れた和菓子店の「月世界本舗」では、和三盆糖を使った「月世界」をいただく。静かにふわっと溶ける不思議な食感。四角いクリーム色の菓子に、暁の空に浮かぶ月を連想してこの名前を付けるとは、なんてすてきな感性だろう。
街を巡るうち「富山って豊かだな」と感じた。それは、薬産業で潤った歴史があるからではなく、心の余裕を感じられるから。緩やかに流れる松川に、ふらりと立ち寄れる直売所、素朴な味わいのお菓子。すべてが「無理しないで、ゆっくりしていかない?」と語りかけてくる気がする。
駆け足で観光するのもいいけれど、のんびり歩いてそうした「声なき声」に耳を傾ける旅もいい。富山はそんなことを思わせてくれる街だ。 (堀井聡子)
▼ガイド 池田屋安兵衛商店の「健康膳 薬都」のコース料理は、前日までに予約が必要。(電)076(425)1873。島川あめ店は(電)076(425)5104。月世界本舗は(電)076(421)2398
(中日新聞夕刊 2022年6月30日掲載)