ジャンル・エリア : グルメ | 乗り物 | 岐阜 | 温泉 | 鉄道 2022年08月04日
特急「ひだ」の新型車両で岐阜県飛騨地方を訪れる旅の最後、下呂市にやって来た。
下呂はご存じ日本三名泉の一つだが、年間160万人の宿泊客を迎えていた平成初めごろに比べ、コロナ禍の今はちょっと活気がない。薄暮の温泉街を歩く浴衣姿が減り、夜の楽しみだったボウリング場も一昨年閉店した。さらに100体を超す人形を1人で操る至芸「竹原文楽」の遣(つか)い手・洞奥(ほらおく)一郎さんも、今は亡い。
だが、温泉の湯は変わらず温かく、旅の疲れを癒やしてくれる。今回宿泊したのは、下呂駅に近い「水明館」だ。
この旅館で私が好きなのは大浴場。飛騨川の側の浴場は景色が良いし、山側に面する浴場からは下呂駅が見える。早朝の5時半過ぎ、駅を出る一番列車を温泉の湯けむりの向こうに見送るのは、何とも旅情豊かな光景だった。
朝ごはんをいただいたら、駅近くの菓子店「仁太郎(にたろう)」に行く。隣の中津川市の加子母(かしも)地区に本店があり、こちらは支店。和菓子も洋菓子もみなおいしい。洋菓子は要冷蔵なので滞在中に食し、和菓子はおみやげにする。
宿をチェックアウトしたらさて、お昼ごはん。飛騨川を越えて5分ほども歩くうち、「ラ・ヴィータ・エ・ベラ」に着いた。イタリアの各地で修業したシェフ夫妻が営む、しゃれたレストランだ。
1人3650円の「シェフのおすすめコース!」とスパークリングワインを注文する。最初に来たのは富山産メジマグロのカルパッチョ。飛騨地方には富山から新鮮な魚介類が届く。そのマグロになんとブルーベリーを添えるという魅惑の一皿。
その次はアマダイを干してスモークし、トマトソースとからめたパスタ。メインは、スペイン名産のイベリコ豚のソテー。お皿まで食べそうな勢いで、次々にいただく。
デザートも、充実の一言。この日はフロマージュブランと下呂産ハチミツのムース、加子母産実山椒(みざんしょう)のパンナコッタ、茨城産メロンのシャーベットという豪華な3種盛り。飛騨川を一望する席で、ああ至福。名泉の街はまた味わいの喜びに満ちた街だ。
お小遣いも減ってきたし、そろそろ名古屋へ帰ろうか。帰路も特急「ひだ」に乗るが新型ではなく、古い車両だ。だが還暦近いおじさん記者は「お互いに、働ける間はもうちょっとがんばろうか」と、心の中で声をかけてみる。
翌日。下呂で買ったお菓子「湯のたまご」を見ていたら販売者が「文楽庵(あん) ホラオク洞奥功」とある。もしかして竹原文楽の洞奥さんゆかりの方かもと思い、電話してみたところ、甥御(おいご)さんとのこと。本当に世間は狭い。人と人はどこかでつながっている、と思う旅だった。 (三品信)
▼ガイド 「仁太郎」下呂駅前店は、元旦のみ休業。(電)0576(25)2884。「ラ・ヴィータ・エ・ベラ」は水曜定休(その他不定休)。(電)0576(25)2511。
(中日新聞夕刊 2022年8月4日掲載)