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ソウル 別れの歌 北にも届け

2013年04月03日

 ソウルから外国に転勤する知人の送別会に参加した。食事の後、湿っぽくなるのはよそうと、カラオケに出掛けた。共通の友人である脱北者の女性もいて、どんな曲を歌うのか気になった。

 彼女は数年前に韓国に来た。覚えた韓国の歌謡曲をまず歌った。朝鮮語と韓国語はほぼ同じなので、苦にならないようだった。

 だが、次は選曲しなかった。伴奏なしで切々と歌い始めた。

 青い山のはるか向こうに見えるのは/真っ青な空と恋しい山河/故郷の家が恋しいときには/あの山の向こう/空だけを眺める

 北朝鮮の歌だった。教えてほしいと頼むと数日後にメールで歌詞が届いた。自作という詩も添えてあった。

 生まれ育った故郷はあったのに/あとにしたこの体よ/生まれ育った家はあったのに/他郷に追われた運命よ/悲しさに泣くこの体/たどりつく場所はどこなのか

 彼女は中国の食堂で働いていたが、給料のピンハネに抗議したら当局に通報され、逃げる形で韓国に来た。

 彼女は知人の見送りに空港まで来た。知人は数歳上の女性だ。彼女は「オンニィ(姉さん)!」と知人に抱きついた。言葉は続かず、涙が流れた。

 親しい人と経験した今生の別れのつらさが重なったのかもしれない。こちらも胸が熱くなった。 (辻渕智之)