2018年04月30日
「シャトルバス? 知らないな。大通りに出てみて、なければタクシーでも拾えばいいだろう」。氷点下の江陵(カンヌン)市で日付が変わるころに取材を終えて、疲労困憊(こんぱい)の私に冷たく言い放たれた平昌(ピョンチャン)冬季五輪スタッフのひと言。体が震えたのは気温のせいだけではなかった。
北朝鮮芸術団の公演を見届けた後、宿舎へ戻るシャトルがまだあるのか、そもそも停留所がどこかすら分からない状況だった。周りの人に道を尋ねつつ、15分ほど歩いてたどり着いたスケート競技場で、冒頭の扱いを受けたわけだ。
別のスタッフが教えてくれた通り歩いてきたこと、仕事で遅くなったこと…。対応への不満も込めて事情を訴えると、彼の目に同情が宿ってきているのを感じた。「外国から来たのか」「日本人記者です」「寒い中で大変だな。よし、10分だけ待ってろ」。この男性が自家用車で宿舎まで乗せていってくれた。
強く出たためか、つらそうな顔をしていたためか、日本人だと名乗ったためか。何が幸いしたか分からないが、再確認したことは一つ。「韓国では自己主張しなければ意見は通らない」 (上野実輝彦)