国内屈指の温泉地である大分県別府市。JR別府駅に到着すると、温かな手湯と共にユニークな銅像が出迎えてくれた。
別府観光の祖として知られる油屋熊八(1863~1935年)だ。両腕を高く上げたポーズ。同市は9月に開幕するラグビーワールドカップの公認キャンプ地に選ばれており、今は左胸に温泉マークの入ったラガーシャツを着ている。
熊八は全国で初めて「バスガイド付き遊覧バス」を考案し、1928(昭和3)年に別府観光の定番「地獄めぐり」に取り入れた。少女車掌による七五調の案内は評判となり瞬く間に全国に広がり、今に続く。今回は、歴史ある「亀の井バス」のツアーに参加し、昭和気分にひたりながら地獄を味わった。
別府駅を出発後、七五調について、バスガイドの須賀茉尋(まひろ)さん(21)が説明してくれた。「高い声で語尾を伸ばし、後ろまで聞こえるようにしていました」。繁華街としてにぎわった流川(ながれかわ)通りを通る際に、最初の実演があった。
「ここは名高き 流川ー 情けも厚き 湯の街のー メインストリートの 大通りー 旅館商店 軒並びー 夜は不夜城で ございまーす」
往時のにぎわいを想像しながら、バスに揺られていく。
別府の温泉は「別府八湯」と呼ばれ、浜脇、別府、亀川、鉄輪(かんなわ)、観海寺、堀田、柴石、明礬(みょうばん)の八つのエリアに分かれる。地獄は、鉄輪と柴石にある。バスはまず、鉄輪に向かって、高台を上っていく。この日は快晴。市街の背後にそびえる大平山や鶴見岳の頂上がくっきり顔をのぞかせた。
地獄の1カ所目は、海地獄だ。温泉噴出口から勢いよく湧き上がる湯煙で、美しいコバルトブルーの水面がすぐに隠れてしまう。湯煙に体を包まれると、まるで雲の中にいるかのようだ。しかし、直後に硫黄泉のにおいが鼻をつき、われに返った。
同じツアーに参加した、埼玉県の女性(54)は「前日に蒸し湯に入ったら、のどの調子が良くなったので、海地獄でも煙を一生懸命吸いました」と満喫していた。
鉄輪では、灰色の泥が噴出する様子がお坊さんに似ている鬼石坊主地獄や、温泉の熱を利用し、ワニを多数飼育している鬼山地獄など、海地獄を含め5カ所を見た。再びバスでの移動中、車窓からは鉄輪の町並みが広がり、無数の湯煙が上っていた。湯煙は、冬や湿度が高い日によく見られ、この日は絶好の湯煙日和。夢中でシャッターを切った。
その後、柴石で、水面が赤く染まった血の池地獄と、30~40分に一度、岩の間から熱水が噴出する龍巻(たつまき)地獄へ。ツアーでは、7カ所の特色ある地獄を、約3時間でテンポよく見ることができた。
「尽きぬ名残を 惜しまれてー…」。別府駅が近づき、最後の七五調が披露された。東京都の男性(39)は「案内に、歴史やこだわりを感じられました」と、満足げに下車した。
ツアー後は、車窓から見えた湯煙の下を歩こうと、再び鉄輪に向かった。メインストリートを下っていると、右も左も、足元からも湯煙。足湯や足蒸し、飲泉ができるスポットもあり、温泉情緒を堪能できた。
夕刻になり、せっかくなので地元の人が通う共同温泉にお邪魔した。「こんにちは」「いらっしゃい」。やはり顔見知りがほとんどで、扉が開くたびに、あいさつが交わされる。みんなのお風呂。そんな感覚が新鮮で、おしゃべりに交ぜてもらいながら、じっくりと体を温めた。
文・写真 倉形友理
(2019年1月18日 夕刊)
メモ
◆交通
別府へは羽田、中部国際空港から大分空港へ。
大分空港からバスで約50分。
◆問い合わせ
別府市観光課=電0977(21)1128
おすすめ
★温泉めぐり
別府市は湧出量と源泉数が全国一。
2018年3月末現在、市内の源泉総数は2288。
入浴料が100円の施設もある。
泉質が豊富なのも特徴。
★別府タワー
1957(昭和32)年に完成し、高さ90メートル。
展望台(同55メートル)からは、市内や別府湾を一望できる。
塔博士として有名な建築家、内藤多仲が手掛けた。
名古屋テレビ塔や東京タワーなどとともに「タワー6兄弟」と呼ばれる。
別府駅から徒歩10分。
高校生以上200円、小中学生100円。
電0977(21)3939
★地獄蒸しプリン
温泉の噴気を生かし、「地獄釜」で蒸して作るスイーツ。
明礬温泉エリアにある岡本屋売店が元祖で、作り始めて30年。
添加物は使用せず、卵、牛乳、砂糖、生クリームのみ。
濃厚な味わいで食べ応え十分。
★亀の井バスの地獄めぐり
1日2便。
7カ所の地獄めぐり観覧料を含め大人3650円、高校生3060円、中学生2750円、小学生1740円。
予約が必要。
電0977(23)5170