2014年06月23日
4月、モスクワの街並みは「春がすみ」に煙っていた。冬の間にスパイクタイヤで道路のアスファルトが削られ、雪が消えて乾いた路面からほこりとなって舞い上がるからだ。日本では「車粉」と呼ばれ、1970年代から社会問題化した。私が育った札幌は交通量が多い大都市だけに車粉がひどく、春を迎える喜びが台無しだった。
日本では90年の法規制で追放されたスパイクタイヤだが、ロシアでは健在。冬のモスクワで見た感じだと、半分ぐらいの車が装着している。モスクワっ子に聞くと「極寒で道路事情も悪いロシアでは、スパイクのないスタッドレスタイヤには不安を感じる人も多い」。
同じ感覚は当時の日本にもあった。高校生の私も「スパイクのないタイヤで凍った道を走れるのか」と不安に思ったものだった。実際はスパイク禁止で事故が激増するでもなく、北国の春は青空を取り戻した。
ロシアの酷寒はその通りだが、ドイツなど欧州北部でもスパイクが禁止されていることを思えば、この国でも追放は可能ではなかろうか。必要に思えて実は惰性の産物だったというのはままあることだ。(宮本隆彦)