2023年07月09日
「私たちが見落としたり見ようとしない人たちを、彼はよく見ている。彼のような人が増えれば社会はもっと良くなる」
今年のカンヌ国際映画祭で男優賞に輝いた役所広司さんが、授賞式直前に仏南部カンヌ市内での取材でこう言っていた。受賞映画「パーフェクトデイズ」で演じた主人公は自らも質素な暮らしのトイレ清掃員だが、より厳しい環境にいるホームレスらを気遣う心の余裕がある。
授賞式を取材した帰路に注意深く観察すると、着飾った人たちで華やぐ街角にもひっそりとたたずむホームレスが複数いた。普段住むパリで見るホームレスは物乞いが積極的すぎるので苦手意識を持っていたが、役所さんの言葉を思い出し、目が合った一人に話しかけてみた。
その男性は「世間ではカンヌはセレブの街だと思われているけど、最近は自分のようなホームレスが増えている」と語った後、隣に座る犬の名が「イチゴ」だと教えてくれた。かつて出会った日本人から聞いた「一期一会」という言葉を気に入り、名付けたという。どんな人にも物語はある-。名優の言葉は、そんな当たり前のことを思い起こさせてくれた。 (谷悠己、写真も)