2023年09月14日
群衆を前にしたキング牧師が演説を始めた。用意した原稿を読み上げている途中、友人が「夢について話して」と叫んだ。牧師は原稿を脇にやり、前を見据えた。「私には夢がある…」
こんな逸話を10年前の米誌フォーブス電子版で見つけた。キング牧師が1963年8月のワシントン大行進で行った歴史的演説は、後半の大部分が即興だったという。
演説から60年を記念し、首都ワシントンの国立アフリカ系米国人歴史文化博物館がこの夏、牧師の原稿を展示した。確かに、3枚の原稿にはあの有名な「夢」の一節がどこにもない。
リンカーン大統領の奴隷解放宣言から100年たっても差別はなくならず、白人の暴力によって流され続けた黒人の血。差別と闘う公民権運動が大きなうねりとなる中、牧師が群衆の怒りや願いに身を委ねたことで即興の演説は生まれたのだろう。
当時の映像を見返すと、下を向いて原稿を見ていた牧師が、「夢」を語る後半からはずっと顔を上げている。そして、画面からも伝わってくる25万人の群衆の興奮と熱気。生きた言葉の力をあらためて思い知らされる。 (浅井俊典、写真も)