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ロシア・ベスラン のどかな町の悲しみ

2020年01月28日

 ややオレンジ色がかった初秋の日差しが、人通りの途絶えた小道に降り注ぐ。耳に届くのは鳥のさえずりだけだ。目の前にあるのは、「のどか」としか言いようのない風景だった。この町がかつて、凄惨(せいさん)な事件の現場になったということを除けば。

 チェチェン共和国独立を求める武装勢力の学校侵入を機に、330人以上の犠牲者を出した学校占拠事件から15年。ロシア南部の北オセチア共和国ベスランを訪れた。

 現場の体育館には犠牲者の遺影が掲げられ、下にはたくさんのペットボトルが並んでいる。飲まず食わずで50時間以上監禁された子どもたちにささげられたものだ。人口3万5000人の町では、多くが事件と無関係ではいられない。追悼式では花を手にした人たちが列をなし、体育館にすすり泣く声が響いた。

 事件の起きた9月1日は本来、新学年が始まる祝いの日だ。だがベスランでは事件以降、始業式をずらしている。ある母親に、亡くなった息子の年齢を聞くと「28歳」と答えた後、「生きていれば」と付け加えた。小さな町が、のどかなだけではいられなくなった事件の無情さが身にしみた。 (栗田晃)