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修験道と南朝の里

修験道と南朝の里 奈良県天川村 行者の湯に心もつかる

高台から見下ろした洞川温泉。右奥で雲がかかっているのが大峰山の尾根

高台から見下ろした洞川温泉。右奥で雲がかかっているのが大峰山の尾根

 吉野の深遠な谷の中を、バスは何度も曲がりながら上っていく。山々に囲まれた沿道の集落では、製材所の炉から白煙が上がっている。人々の営みが見えるとほっとする。名古屋から4時間、標高約820メートルの洞川(どろがわ)温泉(奈良県天川(てんかわ)村)に着いた。降りしきる雨が冷たい。

 7世紀に修験道の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)により開かれたとされる霊場「大峰山(おおみねさん)」のふもと。洞川の住民は、役行者に仕えた「後鬼(ごき)」という鬼の子孫と伝えられ、修行に向かう行者の登山基地として栄えてきた。大峰山は世界遺産の参詣道「大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)」の一部にあたり、大峰山寺のある山上ケ岳(1719メートル)は今も女人禁制を守っていることでも知られる。

 行者が大峰山にやって来るのは、5月3日の「戸開(とあけ)式」から9月23日の「戸閉(とじめ)式」まで。吉野の山々の代名詞である桜や紅葉が見られる時季からも外れた冬は、いわば閑散期にあたる。伝統的な木造建物が軒を連ねる温泉街を歩くと、冬季休業中の飲食店や旅館もちらほら。資料館も休館中だった。

 裏手の山に向かって延びる「どろっこ」というモノレールに乗り、洞川の温泉街を見下ろす高台に到着。気づくと雨はすっかり上がっていた。どろっこを運転していたガイドの女性によると、例年この時季は雪化粧の温泉街が見られることもあるが、近年は暖冬でなかなか雪が降らないそうだ。温泉街の奥にそびえる大峰山の尾根は白く、雲に覆われていた。

 ぬかるんだ散策路を歩いて温泉街まで下り、お世話になる老舗旅館「紀の国屋甚八」に入った。旅館の名称は、江戸時代中期に修行のため洞川に来た8代目紀州藩主、徳川重倫(しげのり)から授かったという。現在の館主、紀埜(きの)弘道さん(70)は7代目。紀埜さんももちろん「後鬼の子孫」。なぜ鬼の子孫がこの地に住んでいるのか。「後鬼の子どもたちは役行者の教えに従い、修験者のお世話をするようになったんです」と由来を教えてくれた。

芸能の神様で知られる「天河大弁財天社」

芸能の神様で知られる「天河大弁財天社」

 あらかじめ頼んでおいた有料サービスで、約9キロ離れた日本3大弁財天の一つとされる「天河大弁財天社(てんかわだいべんざいてんしゃ)」まで、紀埜さんに車で送迎してもらった。芸能の神様として有名で、参拝に訪れる芸能関係者も多い。紀埜さんによると、某人気歌手はここを参拝した際にインスピレーションを受けてヒット曲を作った。「実は今日も台湾から、神社を目指してきたという女性グループの客が来られてるんですよ」。近年は「聖地巡礼」の地としてファンの人気を集めているらしく、境内は女性観光客の姿が目立つ。神社そのものの規模はそれほど大きくないが、社殿には木の香漂う立派な舞台があった。

 神社の隣には「南朝黒木御所跡」と書かれた石碑が立つ。南北朝時代に吉野地方を拠点とした南朝が、構えたとされる「御所」の跡だという。村内には南朝にまつわる史跡や伝説も数多い。建物などの遺構は残っていないが、きれいに整備された敷地内に立つ石塔が、御所があった歴史をわずかにしのばせる。

レトロな雰囲気が漂う温泉街の夜=いずれも奈良県天川村で

レトロな雰囲気が漂う温泉街の夜=いずれも奈良県天川村で

 温泉街に戻ると、すでに日が暮れかけていた。旅館の軒先に並ぶちょうちんが温泉街を照らし、レトロな雰囲気が広がる。ちょうちんには修行に訪れる行者の集まりである「講」の名前が記されている。「行者宿」の並ぶ洞川温泉ならではの光景だ。

 行者や登山者の疲れを癒やしてきた温泉につかり、この地を彩る深い歴史に思いをはせる。昔と変わらないであろう、山から時折吹いてくる風が、心地よかった。

 文・写真 宮崎正嗣

(2020年1月31日 夕刊)

メモ

◆交通
近鉄名古屋駅からは大和八木、橿原神宮前駅でそれぞれ乗り換え、吉野線下市口駅で下車。
下市口駅から奈良交通バスで村内各所まで約1時間。
洞川温泉は「洞川温泉」行きに、天河大弁財天社へは「中庵住」行きに乗る。

◆問い合わせ
大峯山洞川温泉観光協会=電0747(64)0333。
天川村総合案内所=電0747(63)0999。

おすすめ

竜泉寺

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ぼたん鍋

ぼたん鍋

★竜泉寺
修行をしていた役行者が泉を発見し、仏法の守護神である「八大竜王尊」を祭ったのが始まりとされる真言宗醍醐派の大本山。
修験者はここで湧き出る「竜の口」で旅のあかを落として身を清め、大峰山に向かう。

★大峯奥駈道
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する古道の一つ。
奈良県の吉野山と和歌山県の熊野三山を結ぶ全長約80キロ。

★名水
カルスト地形の洞川温泉一帯から湧き出る水はミネラル分が豊富。
温泉街近くには採水場「ごろごろ茶屋」がある。
名水を生かしたコーヒー、豆腐も人気。

★ぼたん鍋
イノシシの肉を入れた鍋料理で冬の味覚の代表格。
洞川温泉でも旅館や食堂で味わえる。

★陀羅尼助(だらにすけ)丸
洞川温泉特産の和漢胃腸薬。
1300年前、役行者が製法を伝えたとされる。
効用は消化不良や食欲不振、二日酔いなど。

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