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カイロ 遺族の痛み増す迷走

2012年08月02日

 あの日、長男ムハンマドさん=当時(22)=は昼の祈りの後、自宅を出たようだという。自室ではパソコンが開いたまま。帰りが遅いので父モルシさん(60)は捜しに出掛けた。息子が反政府デモに参加して警官に頭を撃たれた、と知らされた。

 昨年1月28日、エジプトのムバラク政権崩壊に道筋を付けたとされる大規模デモ「怒りの金曜日」。その日、政権はインターネットを遮断し、デモを妨害しようとした。

 「政権のやり方に憤り、思わず家を飛び出したのでしょう」とモルシさん。亡くなったムハンマドさんの遺志を継いで、民主化デモに参加し続けている。常に、催涙ガスを防ぐマスクを持ち歩く。

 6月2日、デモ隊の約850人を殺害した罪に問われたムバラク前大統領に下ったのは、遺族らが求めた死刑ではなく終身刑。部下の元当局者らは大半が無罪となった。

 判決後、カイロ中心部のタハリール広場には、石でつくった犠牲者たちの墓のモニュメントがいくつか並び、無言の抗議を表した。墓に寄り添う、母親らしい老いた女性も。

 民主化に命をささげた若者らは「殉教者」と呼ばれる。強権支配の終焉(しゅうえん)は多くの犠牲で成し遂げられた。だが政情は混乱し、新しい国づくりは迷走中だ。かけがえのない身内を失った人々を一層、嘆かせる。 (今村実)