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モスクワ サダコが泣いている

2020年04月14日

 「被爆したサダコの治癒を願い児童は鶴を折りだした」。聞き覚えのある話だから、自然とロシア語が頭に入ってくる。広島の原爆で犠牲となった佐々木禎子さんの物語が、展示室の音声案内で響いている。

 モスクワの科学展示館には純白の千羽鶴が天井から連なる。「安らかに眠って」との思いでロシア各地の子どもらが届けたと聞く。鶴の細部にいびつさが残り、幼い手で懸命に折られた様子が目に浮かぶ。

 たまさか静寂が破られ、鶴が揺れた。原爆体感のアトラクション。ドーンという音と地響きに足がすくむ。音は70年前、ソ連初の原爆実験で採録された「本物」。折り鶴の脇には同型の原爆が並び、軍備の成果を誇示している。

 「核兵器をなくして」と多くの日本人が願う。ロシアには違う論理がある。「サダコのような死を迎えないよう核で国を守らねば」。喪の象徴と核兵器が隣り合うことに矛盾はない。

 胸の内で問う。ねえ、禎子さん。安らかに眠れていますか?

 いや、きっと悲しいだろう、悔しいだろう。千羽鶴が日がな一日、爆音にさらされるのは。 (小柳悠志)