2023年02月13日

　トラス英首相の辞任表明時、私は北朝鮮から亡命した脱北者の知人が出席するパネル討論会会場にいた。前日に「私は簡単に投げ出さない」と大見えを切っていた首相が、それから１日も持たないとは思わなかった。

　この日は朝から雨だった。会場は英議会の近くで、パソコンとポケットＷｉ−Ｆｉを持参していたが、建物は極めて電波状態が悪かった。首相官邸前に記者会見用の演壇がセットされると、「いよいよダメだ」と観念し、知人にわびて中座した。建物ロビーには同じく会議を途中退出したとみられる議会関係者らが集まり、会見の様子を携帯やタブレットで注視していた。

　朝刊締め切りまでわずか。ロビーで急いで原稿を書き、いざ送信しようとした時、Ｗｉ−Ｆｉが途切れた。東京のデスクが「勧進帳しますか」と言った。新聞業界用語で、原稿を電話で口頭で吹き込むことを言う。このデジタル全盛の時世にと嘆きつつ、電話で途中まで吹き込んだ時、Ｗｉ−Ｆｉが復活した。

　ほっとしながら窓の外を見ると、ロンドンでは珍しい猛烈な土砂降りに。英政界の大嵐を象徴するような空を見上げ、ため息をついた。　（加藤美喜）