2023年03月22日

　日本が戦争に敗れた７７年前、北朝鮮地域には約２８万人の日本人が住んでいた。進駐したソ連軍が北緯３８度線を封鎖すると、取り残された日本人の多くが命懸けで北朝鮮を脱出して、日本に引き揚げた。

　３８度線に近い韓国東海岸の注文津（チュムンジン）は当時、北朝鮮の残留邦人が密航船で海上からの南下に成功すると、たどり着いた漁師町だった。多い日には１５００人の脱出者が下船した。進駐米軍が無数の大型テントを設営。収容された人々は鉄条網で外界と隔離されたこの一画を「テント村」と呼び、夢にまで見た引き揚げが実現する日を待った。

　跡地はいま、広大な白い砂浜と松林が広がる韓国有数の海水浴場だ。Ｋポップグループ「ＢＴＳ」がアルバムのジャケットを撮影した「ＢＴＳバス停」もある。訪ねたのは、曇り空の平日午後、観光客とみえる１０人ほどの若いタイ人女性が満面に笑みを浮かべ、ひっきりなしに記念撮影に興じていた。

　客待ちのタクシー運転手にテント村について聞くと、「初耳だ」と目を丸くした。地元の郷土史家や役所にも問い合わせたが、決死の邦人脱出を知る人はいなかった。　（城内康伸）